第75話 隊商にはご注意を
楽しかった休暇が終わるのなんて本当にあっという間だった。
領都ブルゲラで過ごせたのはたったの3日。
一応一通りは街を散策できたのだけど、満喫したとまでは言えないし、砦の兵士向けの歓楽街といった役割もあるので街には既婚独身問わず楽しめる場所が沢山用意、というか兵士たちから金を搾り取ろうと商魂たくましい所があって飽きさせない。
酒場や賭場、娼館などの定番はもちろん、大道芸や演劇が見られる劇場のような健全な施設もあるのでパートナーがいる兵士も人目を憚ることなく休暇を過ごすことができる。
俺?
博打に興味は無いし、娼館なんて行ったら婚活にも影響しかねないから、もっぱら楽しみは美味しいものの食べ歩きだ。
帝都みたいに気取ってなくて、それでいて美味しい店が沢山あるらしいのでこれから先も探してみるつもりだ。
初日に知り合った食堂兼酒場の娘、セリアさんのところには結局毎晩通った。
お勧めされたロースト肉と煮込み料理が絶品だったからだ。
……まぁ、セリアさんの笑顔に惹かれたのも事実だけども、それはこれからの話なので進展などまったくない。もしかしたらすでに相手が居るのかもしれないし。
ともかく、休暇を楽しみつつ、いくつか必要な手続きなんかもして、帰りもほかの兵士たちと一緒に馬車で砦に戻ってきた。
ただ、やっぱりほかの連中と一緒に移動するとせっかくの休暇が半分馬車で終わってしまうので次回はひとりで行こうと思っている。
そんなわけで、砦に戻ってきて数日。
俺たち第76分隊は相変わらず訓練と巡回という通常業務に戻っている。
といってもこの間のファンル王国が森の中に拠点を築いていた件で、森林地帯にも警戒の網を広げなきゃならなくなったため、俺たちがそれを担うことに。
元々森育ちの俺はともかく、ほかの連中には気の毒なことになってしまった。
なにしろ森は見通しが悪いし大小様々な動物が生息しているので索敵するだけでもかなりの負担が掛かる。
もちろん俺たちだけじゃなく他の分隊も加わっているんだけど、砦では完全に外れ任務扱いだ。
ただ、うちの分隊に関しては、哨戒任務のついでに俺が狩りで獣を獲ってくるせいで食料担当の部署から色々と優遇してもらえるので不満は出ていないようだ。
そんな通常営業の砦だが、この日はどこか浮き足立っているというか、落ち着きのない空気が広がっていた。
「今日は何かあるのか?」
「ああ、隊商が到着するって連絡が入ったんですよ」
午前の訓練の時に訊ねてみると、隊員のムルドが教えてくれた。
休暇で街に行けるとはいえ、酒や嗜好品を買って持って帰ってくるには限界がある。
特に酒なんかは200マニス(約2L)の壺をひとつかふたつも持ってこられれば御の字だ。下手をすれば砦に着く頃に飲み干してしまうか、途中で壺が割れて泣くことになる。かといって木樽はデカいし高価なので個人で買うには難しい上に、金を出し合うとなると分配で必ず揉めるらしい。
娯楽の少ない前線の砦では酒が一番の嗜好品だ。
軍の輜重隊が供給してくれる物資の中にも酒は入っているけど大部分は食料と消耗品で、不足分とわずかな嗜好品を領都で仕入れているから酒は慢性的に不足している。
そんな兵士たちを側面から支えているのが砦まで物資を売りに来る隊商だ。
大型の荷車が10数台連なり、30人ほどの護衛に守られながらやってくる商人たち。
運んでくるのは酒や乾し果物、香辛料などで、当然相場よりかなり割高だけどそれは仕方がないことだろう。
そういった品物を兵士たちが溜め込んだ金銭や戦闘で鹵獲した敵の武具や不要物資と引き換えにしてまた帰って行く。
その規模の隊商となると盗賊や野生動物に襲われる危険も少ないため、兵士相手に稼ごうと娼婦や芸人なんかも一緒にくっついてきたりするらしい。
隊商が来ること自体が砦の兵士にとってある種の娯楽となっていて、このときばかりは兵士たちが訓練も短時間だけ、巡回任務を終えた部隊から交代で休憩を取って商人のところに群がっていくのだとか。
3日ほどの滞在期間でガッツリ稼いで帰って行く隊商と娼婦たちのたくましさは素直に凄いと思う。
……どうせならレスタールにももうちょっと隊商が来てほしいものだが。
んで、午前中の巡回を終えて砦に戻ると、練兵場に沢山の荷車と人だかりができていた。
どうやら噂の隊商が到着したらしく即席の露店街のようになっている。
「分隊長殿は行かれないので?」
分隊で斥候を担当しているジュセッドが聞いてきたが俺は苦笑しながら首を振った。
ジュセッドは派手な印象を受ける男だけど見た目と裏腹に任務中も慎重な行動する男だ。
他の連中はそそくさと先に隊商のほうに行ってしまったようで、練兵場の前で足を止めたのか彼とオーリンドさんだけだ。もっとも彼女は特に隊商に興味が無いのか呆れたように兵士たちを見ている。
「俺はもう少し人が少なくなってから覗いてみるよ。特に今欲しいものがあるわけじゃないし」
お酒はそれほど好きじゃないからなぁ。
なので、ジュセッドには自由にしててくれとだけ言うと、やはり楽しみにしていたのだろう、彼は機嫌良さそうに歩いていった。
「分隊長殿はどうされるのですか?」
「ん~、護衛の人たちとちょっと話でもしに行ってくるよ」
少し考えてからそう返すと、オーリンドさんは意外そうに眉を上げた。
そう言えば、砦に戻ってくる時から何故だかオーリンドさんの俺への態度が軟化したような気がする。
やたらと睨んできたり、皮肉を言ってくることも少なくなったし、俺の拙い指示にも文句を言わずに従ってくれるようになった。
真面目に任務をこなしてたから少しは見直してくれたのだとすると嬉しいのだけど。
「傭兵のような粗野な連中と交流したいというのは分隊長らしいですが」
……やっぱり気のせいかも。
隊商の護衛をしているのは主に傭兵たちだ。
といっても、その都度雇うのではなく、特定の商人と長期間契約を交わす固定されたメンバーだ。
商人にとっては隊商の護衛は財産を守る重要な存在で、信用のおけない傭兵を雇って途中で盗賊に鞍替えされてはたまったものじゃない。
なので、技量と同等以上に人柄を重視して契約を交わし、それなりの大店は相応の条件である程度長期間護衛に従事してもらうのが普通だ。
帝国では商人の護衛を専門にした傭兵たちが独自に組合を作って人員の育成や派遣を行っているという話を聞いたことがある。
組合としても信用は死活問題なので盗賊まがいの傭兵は加入できないし、もし加入している傭兵が盗賊や詐欺などを働いた場合は組合が粛清したりするらしい。
そんな傭兵たちだが、砦の門にほど近い建物内に待機させられている。
武器や防具の類は砦に入る時に預けていて、砦内の行動には常に見張りの兵士がつくといった扱いだが、重要な軍事拠点の中に武力を持った男たちを迎え入れているのだからやむを得ないのだ。
傭兵たちのほうは、何度もここに来ているので特に不満を漏らすこともなく、商人たちから差し入れられた酒を飲みながらカードゲームに耽ったり横になったりと、ある意味骨休みのようにリラックスして過ごしている。
まぁ、移動中はもちろん、途中で立ち寄る街でも商人や荷を守るために常に緊張を解けない護衛任務も、兵士だらけで堅牢な砦の中では周囲を警戒する必要がなく、商売の間はやることもない。実質休暇のようなものなのだろう。
俺は情報収集のために傭兵たちのいる建物に入る。
途中で自室に戻り、レスタールの狩人謹製の干し肉を一抱え持ち出して手土産にする。
この干し肉だけど、俺たち狩人が昔から作っていたもので、塩と乾燥させた香草、砕いた木の実と肉を漬け込んでから炙り、カラカラになるまで乾燥させた。
狩りの時に持っていく保存食だけど、他の領の人からもかなり好評なのだ。特に酒飲みに。
部屋にあるのは砦近くの森で勤務外に狩ってきた鹿の肉で作ったものだ。
前に分隊の連中に少し分けてやったのだけど、しょっちゅう追加を強請られるくらいなので良い出来のはず。
「ん~? 兵隊さん、なんかようかい?」
「俺たちゃあ悪いことなんもしてねぇぞ」
「お~! 別嬪さんも居るじゃねぇか。一緒にどうだ?」
建物の広間ではそこここで酒を飲みながら談笑したり、カードなどで賭け事に興じている傭兵たちが陽気に騒いでいた。
俺たちが広間に入ると、気付いた男たちが軽口を叩きながら囃し立ててくる。
なぜか一緒に来たオーリンドさんが不快そうに眉を顰めるが、この程度の掛け合いなら傭兵にとっては紳士の範疇だろう。
「特製の干し肉をツマミに色々話を聞きたいと思ってさ」
俺が連中のところに来たのは情報収集のためだ。
もちろん軍の上層部や砦の司令官閣下も商人たちから色々と情報を仕入れているだろうけど、傭兵たちからまで聞き取りをすることはほとんどない。
だけど、傭兵たちは商人とはまた違う角度とルートで情報を仕入れているものだ。
なにしろ彼らは自分の命と報酬を天秤にかけて依頼をこなしているわけで、情報の重要さに関しては商人に引けを取らない。
なので周辺国の動静や各地の治安、難民や盗賊の動向を常に追っていて、特に裏の情報に関しては軍よりも広く深く知っているほどだ。
この間の森の拠点失敗でファンル王国が大人しくなるとは到底思えないので、何か仕掛けてきてもいち早く察知出来るように聞き取りをしようと思ったわけだ。
「美味ぇな、コレ!」
「俺にもくれよ」
「コイツは良い! ちょっと売ってくれねぇか?」
手の平大の干し肉を一枚ずつ配ると、訝しげに齧り付いた男たちの機嫌が途端に良くなった。
自分が作った物が褒められるのは嬉しいね。
「……って感じだな。噂じゃ何人かの貴族が失脚したってよ」
「あと、東の方で盗賊団が暴れまくってるってのも聞いたぜ。あっちは前から食い詰め者が多かったからな」
酒と美味い食い物があれば人の口は軽くなる。特に守秘義務があるわけでもない傭兵であれば尚更だ。
もちろん真偽は不明だし、ただの噂話に過ぎないのだけど、案外重要な情報が隠れていることも多いから馬鹿にできない。このあたりは学院で知り合ったボーデッツに教わったことだ。
「そういやぁ、今回の隊商は新顔の商人がいつもより居たなぁ」
「そうなのか? どんな奴だ?」
「東の港町で商売してたけど騙されて店を乗っ取られたとか言ってたな」
「ああ、アイツらか。隊商主と付き合いのある商会からの紹介だって奴らだな。けど、あんまり東部訛りはなかったな。俺にはどっちかというと北部っぽい言葉に聞こえたけどな」
「だなぁ。それに荷役の男、ありゃあ多分裏の人間だぜ」
すっかり酒の回った赤ら顔で年配の傭兵が口にした言葉に、俺はオーリンドさんと顔を見合わせた。




