第101話 訓練の成果です!
「セリアさ~ん、こっちに串焼きとバラグの胃袋とザイグの煮込みお願い」
「あ、は~い!」
俺が料理を注文すると、元気な声が返ってくる。
あ~、セリアさん、今日も可愛いなぁ。
休暇のたびに訪れているこの飯屋はすっかり俺のお気に入りの場所だ。
セリアさんが働いているからってのはもちろんあるけど、それだけじゃなくとにかく美味いし安い。
客層はあまり上品とは言えないが、俺としてはお上品な高級店より入りやすくてありがたい。
まぁ、その分いつ来ても満席に近くて、座れるようになるまでしばらく待つこともあるくらいだ。
そして、今日も夜更けになろうという時間なのに店内は仕事終わりの職人たちで賑わっていて、いま現在も王国の侵略軍によって包囲されているなんてまったく感じさせない。
「お待たせしましたぁ! フォーディルトさん、今日も来てくれてありがとね。串焼きと煮込みで200ミールね」
「こちらこそ、いつもありがと。来るのが遅くなったからまだ開いててよかったよ」
料理と引き換えに大銅貨を一枚と、心付けに銅貨を手渡す。
あ、大銅貨一枚が200ミール、銅貨一枚が50ミール。大銅貨50枚で銀貨1枚1リガットになる。ちなみに帝国の下級役人の月あたりの収入は2リガットくらいらしい。
で、俺たちみたいな軍属の下級兵士は月に3リガットほど。命懸けの任務との差額が1リガットってのが妥当なのかどうかはわからん。それでも兵士の登用試験は応募がたくさん来るらしいけどな。
「王国軍が来てるって言っても私らの生活は変わんないからね。うちの領主様は強いから絶対守ってくれるし」
セリアさんはそう言って笑う。
その表情は無理をしてる感じじゃなくて、本当にブルゲスト辺境伯を信頼しているのがわかる。
実際、王国軍に半ば包囲されている状況でも街の人たちには過剰に心配せずにいつもどおりの生活を続けるようにという告知がされているらしい。
不安から混乱が広がらないようにという考えのようだが、それが実際に機能しているのは長年にわたって辺境伯閣下が積み上げた領民からの信頼があるからだろう。
そのおかげでこうやって飯を食いにこられたんだから感謝だな。
結局任務を終えて街に戻ってきたら門兵に捕まって辺境伯閣下への報告に連行されちゃったから解放されるまで半刻(約1時間)掛かった。
もう店も閉まってるだろうなと思ったけど、念のため来てみたら普通に開いていたからちょっとビックリ。
とはいえ、携行食で晩飯を食べなくて済んだし、なによりセリアさんに会えたので大満足である。
この笑顔はなんとしても守らねば。
ともかく、明日も朝から軍議に出なきゃいけないのでそれほど長居することもできず、腹が満足してから店を後にする。
結構遅い時間なので飲み屋やセリアさんの店のような労働者向けの飯屋以外は閉まっていて街は静かな状態。
ただ、やはり平静を保っているとはいっても完全に不安がないわけじゃないようで、どことなく緊張した気配がそこここの民家から感じられた。
そしてそれとはまた別の気配も。
「まぁ、外の王国軍があの様子じゃすぐには動けないだろ」
俺はそう呟いて宛がわれた宿舎に向かった。
Side ???
「本隊の動きはどうなっている?」
「攻城兵器が破壊されたという噂は本当のようです。今は街を包囲しつつ散発的に接近して迎撃のために兵を出すのを誘っているようですが……」
ブルグラの街の一角。
商店が並ぶ建物の2階で数人の男たちがヒソヒソと険しい顔でなにやら囁きあっている。
「当初の予定では本隊が街の城壁に一斉攻撃を加えるのと同時に街に火を放つことになっていたが」
「今の状況ではすぐに対処されてしまうかもしれません。ですが」
「ああ、このままでは本隊も大きく動けないだろう。街の方から崩す必要がある」
会話からして、以前から街に潜り込んでいた王国の間者だろう。
どこぞの婚活狩人のせいで城砦都市攻めの切り札を失った王国の本隊は兵力差を頼りに攻撃するしか選択肢がなくなっている。
とはいえ損失を最小限に抑えるために、チクチクと嫌がらせめいた攻撃を加えながら街から迎撃部隊を誘い出し各個撃破する作戦のようだが、当然そのことを十分に予想しているブルゲスト辺境伯が乗ってくる様子はない。
それどころか近づいたところを城壁の上から弓矢で攻撃され、少数ながら被害も出てきている。
こうなってはある程度の犠牲は覚悟の上で一斉攻撃に転じるか、指揮系統を分断させるくらいの混乱を街の内部に作り出すしかない。
「潜入部隊を三班に分ける。第一の標的は辺境伯の殺害だ。多少の犠牲はやむを得ん。それと同時に商業区に火を放つ。そしてもう一隊は騒ぎが起きて兵士が動揺する隙に城門を開けろ。俺は辺境伯襲撃の指揮を執る」
「……かなり厳しい任務になりそうですな」
「祖国の悲願を叶えるためだ。我々は誰も生き残れんかもしれないが、成功すれば本隊がこの街を攻略できる。この街さえ落とせればブランディス砦も手に入る」
男の言葉に、他の者達は決意のこもった目で頷き合った。
数刻後、男たちは隙をみてなんとか外の本隊に合図を送り、それぞれの場所に向かう。
当然本命はブルゲスト辺境伯の暗殺だ。
時刻は夕暮れ前。
まだ空は明るく、気が緩みやすくなる頃であり、辺境伯が兵士たちへの激励や重要箇所の視察から領主館へ戻ってくるタイミングを狙う。
領兵のほとんどは城壁近くに配置され、街中ということもあって護衛が薄いことを期待していたのだが、領主と軍の総指揮官を兼ねる辺境伯の警護はさすがにしっかりされている。
それでも入念な下調べと、領兵に潜り込んでいる間者からの情報を精査し、慎重に襲撃経路を探っていく。
(さすがに警備の穴が少ない。だが、これなら命を省みなければ届く)
いくつもの経路を検討しては断念し、ここならばという場所を見つけ出した。
この街に潜り込んでいる王国の間者は総勢60余名。
その半数を辺境伯襲撃に充てる。残りは10名を商業区への放火、20名が街門の開放だ。
30数名というのは軍同士の戦いでは戦況に変化をもたらせる規模では到底ないが、こと暗殺という手段に動員される数ならば十分と言える。
それが全員身を捨てて襲いかかれば、不意を突かれた護衛などたとえ二倍する数が居ても突破できる。それに加えてもう一手用意してある。
間者たちはそう考えて辺境伯たちが来るのを待ち構えた。
チ、チチチッ!
鳥の鳴き声に似た音が路地の先から聞こえ、男たちが身構える。
男のひとりが振り返って頷くと、別の男が手綱を持っていた荷運び用の大型の馬の尻に短剣を突き立てた。
馬の悲鳴が路地に響き渡り、走り出す。
真っ直ぐ、ではなく、痛みから暴れながらだ。
「な、なんだ!?」
「閣下、お下がりください!」
護衛の兵士が辺境伯を庇いながら通りを領主館に向かって足を速める。
「今だ、行くぞ!」
男がそう声を上げながら飛び出し、他の者達もそれに続く。
「な!? 何者だ! ぐっ!」
護衛が慌てて抜いた剣を弾き飛ばし、辺境伯の後を追う。
別の路地でも同じように襲撃者たちが逃げ道を塞ぐように躍り出て、他の者達と合流しながら辺境伯を追い詰めていく。
護衛の兵士と切り結ぶのは最小限。
狙うのは辺境伯のみで、余計な戦闘で足を止めることはできない。
男たちが狙った通りのルートで辺境伯が逃げる。
そして、幅3リード(約2.4m)の路地に追い込むのに成功した。
辺境伯の周囲に残っている護衛は8名、この先には10名の襲撃者が待ち構えていて、まだ自分たちに脱落者はいない。
後から追いすがってくる護衛兵は狭い路地を回り込むことができず足止めができる。
そう確信した男の目に入ったのは、路地の奥で足を止めた辺境伯一行。
(成った! ……は?)
「はい、ご苦労様」
直後、路地脇の民家の扉が開かれ、左右から、幾重にも槍先が突き出されていた。
脇腹が焼けるように熱くなり、男の膝が落ちる。
「ば、馬鹿な、誘い、こまれた、のか?」
呆然と見つめる辺境伯の背後に、倒れ伏した幾人もの仲間の姿が見えた。
「そういうことよ。攻め手に困った王国が叔父上を狙うのはわかりきってることだしね」
カルーファの言葉が耳に届くと同時に、男の意識は闇に沈んだ。
「油壺の数は足りているな? 急ぐぞ!」
商業区の裏路地。
間者たちの別働隊がいくつもの油壺を抱えて、路地に放置された木箱に中身をぶちまけている。
燃えるものが足りなければ薪を加え、同じようにたっぷりと油を撒いていく。
「よし、着けるぞ。火が回ったら大声で煽れ」
「おぉっと! そうはさせねぇぜ!」
男のひとりが懐から火打ち石を取り出したところで、背後からそう声が掛かり、男の背中がビクリと震える。
「クッ!」
すぐに火打ち石を地面に叩きつけるも、さすがにそんな雑なやり方で火花は散らず、油に引火しない。
代わりにと抜いた短剣だが、直後手首ごと斬り飛ばされてしまう。
「ムルドさん、こっちも取り押さえました!」
「おう! 油もちゃんと処理しておいてくれよ。ここまでやって失火なんてしたらどやされるじゃすまないからな。……っと、相変わらず隊長の鼻は利くよなぁ。あんなのがレスタールにはうじゃうじゃ暮らしてるって考えると、昔の皇帝様の偉大さがわかるよなぁ」
ムルドがそう言って頭を掻きつつ、後処理を指示していった。
商業区を狙った間者たちも全滅であった。
ブルグラの南門。
普段は多くの商人が荷車を牽いてひっきりなしに往来することもあり、幅は広くて地面も石畳でしっかりと舗装されている。
固く閉ざされている扉は木材と鉄芯を重ねた分厚く重い代物で、人ひとりの力では動かすことができないほどだ。
通常は歯止めとなる杭を引き抜き、滑車を回して開けるようになっているが、滑車の組み合わせを外せば数人がかりで直接扉を開くこともできる。
当然城砦都市としては最重要防衛場所のひとつであり、常時100名前後の兵士が警護にあたっている。
とはいえ、門自体と滑車周辺にいるのは通常10数人程度であり、内側から突然襲撃された場合、周囲から兵士が駆けつけるまでわずかながら時間が掛かる。
間者たちの狙いは、滑車を占拠して門を開き、その直後に門扉の蝶番を壊して閉じられなくすることだ。
領兵が直す暇を与えず、包囲している王国軍の本隊がなだれ込めば、後は数に任せて街を攻め落とせば良い。
だが、
「守っているのがひとりだけ、だと?」
城門の上に、領兵に潜り込んだ間者が待機して外に合図を送る準備を整え終えている。
そして、いざ門と滑車を攻略しようと隠れて接近していた襲撃部隊の20余名が向けた視線の先には、兵士としてはやや小柄な若い男がひとり居るだけ。
滑車小屋の前にも兵士の姿はなく、仮に中に兵士が居たとしてもほんの数人程度のはず。なにより肝心の門の前は、襲撃者からみれば無防備に等しい。
(罠、か? だが、歯止めの杭を抜かなければ滑車を動かしても門は開けん)
あからさまに怪しいが、いくら街で騒動を引き起こそうが門が開けなければ街を墜とすことができない以上、やるしかない。
予定の時間を過ぎても街の奥から煙が立ち上っていないのが気がかりではあるが、各所の成否にかかわらず彼らがすべきことは同じだ。
城壁の上から射かけられることも警戒したが、仲間が状況確認のために見下ろしているのが目に入り、それはないと判断する。
(おそらく近くに兵士が潜伏しているのだろうが)
たったひとりで門の前に陣取っている以上は相当な手練れだろうが、それでも20名全員で一斉に襲いかかればさすがに防ぎきれないはず。
滑車小屋はそれからすぐに占拠すれば開くことくらいはできるだろう。
男はそう考え、合図を送った。
それが間違いだったことに気付いても後戻りするには遅すぎた。




