第102話 ちょっと様子を見に行ってきます
「よくやってくれた」
街に潜り込んでいた王国の連中を取っ捕まえた翌日。
俺とカルーファ、ムルドの3人は辺境伯閣下に呼ばれて、開口一番ご機嫌な様子の閣下にそう褒められた。
まぁ、60人近い不穏分子を一気にあぶり出して潰したんだから機嫌が良くなるのもわかる。
特に今回は辺境伯閣下自身が囮役をやってくれたからな。万が一にも失敗できないから上手くいって胸をなで下ろしたよ。
「護衛のやり方にも感心したが、誘導の仕方や追い詰め方は並の兵士とは比較にならん」
「つい先日、そういったことを専門に磨いている近衛騎士団と訓練する機会がありましたので」
俺がそう答えると、閣下は一瞬不思議そうな顔をしたかと思ったら大声で笑った。
「そうかそうか、気位が肥大した馬鹿どもの鼻っ柱をへし折っただけでなく、ちゃっかりと得るものも得たのか」
……なんか、辺境伯は近衛騎士に恨みでもあるのだろうか。
ひとしきり笑ったあと、閣下は表情を改めて俺たち、それからこの場にいる面々を見回した。
ここに呼ばれたのは俺たちだけじゃない。というか、場所的には本来俺たちの方が場違いで、他の方々はこの領地の高官や軍の指揮官たちばかりだ。
とりあえずお褒めの言葉をいただいたので用は済んだだろうと部屋を退出しようとしたら呼び止められてしまった。
閣下の姪であるカルーファだけならともかく、俺とムルドまで。
「レスタール卿と貴公の部下たちの働きで王国側の基本戦略は大きく崩れ、ブルグラ防衛に余裕ができている。今の状況で全面攻勢を掛けられても十分に対応出来る」
辺境伯閣下の言葉に、他の面々も大きく頷く。
その表情も最初の頃よりかなり余裕を取り戻したようで、俺も頑張った甲斐があったというものだ。
「だが、動員してきた規模から考えて、おそらく連中は威信を賭けて今回の作戦を実行に移したはずだ。攻城兵器や内部工作が失われたからとそうそう撤退することはなかろう」
そりゃそうだ。
ブランディス砦側の兵を含めて3万以上を動員したということは、ファンル王国の兵力半数以上を投入したことになる。
立案したのが軍の重鎮だろうが高位貴族だろうが、成果無しとなれば責任は免れないし、王家が主導しているのであれば威信は大いに傷つく。
「しかし、街を防衛することに不安はなくとも、この街だけで奴らを壊走せしめるだけの戦力は無い。どうしてもブランディス砦からの援軍は必要だ」
「帝都から騎士団と兵団が到着するのを待つという方法もありますが」
指揮官のひとりがそう指摘するも辺境伯閣下は首を横に振る。
「勝つことだけを考えればその通りだが、その場合、帝都の援軍が到着するより先に王国軍が不足する恐れのある物資を近隣の村や町から略奪しようとするだろう。我々は武人ではあるが同時に為政者でもある。民を犠牲にしても勝てば良いと考えることはできん」
その至極まっとうな言葉に反論する者はいない。
……反論したら思わずぶっ飛ばしてしまうかもしれないから良かったわ。うん。
「ですが、ブランディス砦は1万以上の王国軍が足止めをしていると聞きます。連中にしても砦に駐屯している軍が我々と合流するのはなんとしても阻止しようとするはず」
「当然であろうな。だが、1万を超える軍をある程度の期間維持するには膨大な物資が必要となる。そして、砦の周辺に略奪できるような村はない」
その言葉に、軍の指揮官たちの目が俺の方に向く。
あ、なんか未来が読めるようになったかもしれん。
「さて」
辺境伯閣下と目が合う。
逸らす。
チラ。
まだ見てらっしゃる。
溜め息。
「ボーグ司令官は優秀な男だ。万が一も無いと思っているが、向こうもこちらの状況は知りたいだろう」
「えっと、砦に様子を見てこい。ついでに王国軍の兵糧に悪戯してこいと?」
「ひとりで?」
「他の者が一緒では足手まといにしかならんだろう? 小隊の指揮はムルド・サグード、貴官で問題無かろう」
「はっ! 隊長殿の留守はお任せください」
嬉しそうに返事するんじゃないよ。
……はぁ~。
またしばらくセリアさんの食堂に行けないなぁ。
今が押し時だと思うんだけどなぁ。
どうしてこう上手くいかないのか。
仕方ない。
こうなったらさっさと行って物資焼いてさっさと帰ってこよう。
Side ジグリット・クリエ・ボーグ
「今日も動きは無い、か」
「こうものらりくらりと対応されるとこちらも打ち手がありませんな」
ブランディス砦の司令室で司令官であるボーグと兵団の指揮官たちが溜め息をつく。
王国軍の狙いはわかりきっている。
第8兵団を砦に釘付けにしてブルグラへ救援に行けないようにして、その間にブルグラとその周辺を攻略。足場を固めてから改めてこの砦を奪取しようというのだろう。
帝国との戦力差から、ブルグラの街を長期間確保することまでは期待しておらず、とにかく橋頭堡として、難攻不落のブランディス砦を手に入れようとしていると考えられる。
だからこそ、兵団とほぼ同数の兵で正面からぶつかろうとせずに牽制しつつ、こちらが出れば即座に引いて消耗を抑え、王国軍を無視してブルグラへ援軍を出そうとすれば今度は砦を攻める気配を出す。
王国軍の目的は時間稼ぎと、もし兵団がブルグラ救援のために砦を放棄したらすぐさま確保することなのだから無理に攻めてくることはない。
その狙いは十分に理解していながらも今は動きようがないというのがボーグ旗下の第8兵団の現状だ。
長期間の籠城に耐えられるよう食料は十分に備蓄されているし、深井戸も複数掘られている。騎馬の飼い葉もある。
とはいえ、ブルグラが落ちれば前後を王国軍に抑えられ、かなり厳しい状況に置かれることになる。
帝国軍の援軍が到着するまで持ちこたえられる保証などないのだ。
つくづく第5兵団が動けないことが悔やまれる。
「やはりどこかで賭けに出るしかないか」
「被害を最小にして砦を守りつつブルグラの救援に向かう。難問ですな」
「ここに居る王国軍に攻城兵器は無い。3千を防衛に残し、残りは各自で最小限の物資を持って一気に囲みを抜ける。その後、王国が砦攻略に動けば後背を突く」
「救援は釣りですか?」
「釣られてくれればそれで良し。釣られなければそのままブルグラへ救援に向かう」
「ブルグラの状況次第では挟撃を喰らう恐れがあります」
「そこはブルゲスト辺境伯の手腕に期待するしかないだろうな。あの御仁なら向こうの王国軍がこちらに対応しようとしたのを見て後ろから削ってくれるだろう。期待しすぎか?」
ボーグ司令官がそう言って笑うと指揮官たちも表情を緩める。
とはいえ、実際には口にするほど簡単な戦術では無い。
こちらが王国の狙いを察しているように、向こうもこちらの動きは予測しているはずだ。
だが、それでもこのまま動かなければ最悪の場合、帝国北部を大きく削られることになりかねない。
辺境伯とこの砦からそれぞれ帝都に急報を伝える使者は出しているが、援軍を編成して到着するのがいつになるのかまでは予想はできても予測はできないのが実情だった。
であれば、ある程度のリスクは承知の上で行動するしか無い。
……このまま、誰も動かなければ、の話だが。
「失礼します! 物見から報告。王国軍に異変あり! 陣から火の手が上がっている模様!」
司令部のドアが開き、伝令の報告が響く。
その内容にボーグ司令官と指揮官たちが顔を見合わせる。
「失火か、それともこちらを釣り出す陽動か」
「だが我々をおびき出すにしても、すでに陽が落ちて1刻が過ぎている。仮に王国軍が混乱していると見せかけたとして、偵察の小部隊を出す程度しかしないぞ」
王国軍の策にしては意味不明であり、単なる事故による失火と考えた方がつじつまが合う。
「……王国軍の陣はここから見えるか?」
「遠見鏡を使えば。かなり大きな火となっていますので」
伝令がそう言うと、ボーグ司令官が少し考えてから立ち上がる。
「とにかく直接見てみよう。それから、我々を王国軍の陣に注目させて背後を突く可能性もある。周囲を警戒せよ」
ボーグの指示に伝令が頷き、足早に出ていく。と同時に他の指揮官たちも席を立つ。
ブランディス砦は2重の城壁に囲まれていて、内側の城壁に物見台と呼ばれる尖塔が6ヶ所あり、常に周囲を監視している。
城壁の上は兵士が移動できるようになっていて、要所に攻城兵器に対抗するための大型弩弓が設置されている。
ボーグたちが城壁を登ると、見張りの兵士が遠見鏡を差し出す。
これは水魔法を封じた道具で遠くの物を大きく映し出すことができるものだ。
大きさは直径30カル(約24cm)ほど。
指揮官のひとりが遠見鏡を受け取り、それを兵士が指差す方向に向ける。
「確かに火の手が、それもかなり大きな炎が上がっているな」
「全部で4ヶ所。陽動にしては火の勢いが強すぎますね。ですが、失火にしては離れたいくつもの場所から同時にというのも不自然です」
指揮官たちがそんな言葉を交わしていると、不意にボーグがクックックと笑い声を上げた。
「クク、なるほど、気の短い辺境伯殿が催促の使者を寄越したというわけか」
「? それは一体」
困惑する指揮官たちにボーグは表情を真剣なものに戻した。
「明朝、日の出と同時に兵8千を王国軍にぶつける。西側からだ」
「は!? しかし……」
「心配要らん。アレはどこぞの魔人が火遊びした結果だろうからな」
そう言ってボーグは遠見鏡の下側を指差す。
そこには小さな黒い点がもの凄い速度で砦に向かって近づいてくるのが映っていた。
というわけで、今回はここまでです
いい加減戦争エピソードが長くなってますが、多分次回で終わります
しかし、周囲は真面目に戦争やってるのに主人公だけは婚活のことしか考えてないな・・・
それと、もうひとつ告知
今週水曜日、明後日ですが、長らく宙ぶらりんになっていた実甘の最新話を投稿します。
んで、それで一応の完結とさせていただきます。
と同時に、新作の投稿も開始します
今度も現代ラブコメ系ですが、物にこめられた想いを見ることのできる古美術店の若き店主(大学生)のちょっと不思議で、ちょっと不気味で、ちょっと切なかったり悲しかったりほっこりしたりする。
そんなファンタジー風味の作品となります。
最初のエピソードを全5話一挙に投稿しますので是非読んでみてください
まぁ、Web小説の流行からは外れるので好みは分かれるかもしれませんがw
さて、いつもの定型文w
今週も最後まで読んでくださってありがとうございました。
そして感想を寄せてくださった方、心から感謝申し上げます。
数あるWeb小説の、この作品のためにわざわざ感想を書いてくださる。
本当に嬉しく、執筆の励みになっております。
なかなか返信はできませんが、どうかこれからも感想や気づいたこと、気になったことなどをお寄せいただけると嬉しいです。
それではまた次週の更新までお待ちください。




