84話.演劇
「あー、ほんともう、なんでこういうことするの!」
「当たり前やろ。我より威張ったクソ野郎はぶっ潰す」
珍しく怒るルナとは裏腹にマクラはさも当然というふうに自信満々に言う。
「人間の世界はそれじゃ生きていけないのよ」
「我は蜘蛛やしぃ、魔獣やしぃ」
ルナとマクラの言い争いの音が響く。
その後ろでは3人の男たちがルナにのされて倒れていた。
マクラも罠をかけた。
まぁマクラの場合はサポートというより死体蹴りという表現の方が正しい気もするが。
「うぅ、つ、つぇぇ」
パルメという少年が痙攣しながら唸るように言う。
「セレーネちゃんはどう思う?」
「え、ええっと」
突然話を振られて私は狼狽えた。
「セレーネはいい子よ。ちゃんとやって良いことと悪いことの区別はつけてくれてるんだから」
ルナが口を挟む。
「ふうん。じゃあ逆に聞くけどルナちゃんはあんなムカつく奴ら放っといてもよかったん?」
「それは」
ルナは口を紡ぐ。
ルナはいつも穏便にことを済まそうとする。だが、実際はどうなのだろうか。内心はマクラのように相手をやっつけたいと思っているのだろうか。ルナはああいう横暴を1番嫌う。
それでも手を出さないのは、女王という立場だから?
「ルナ。どう思う?マクラみたいに自分の感情のままに動くのは迷惑?」
「セレーネ」
ルナは少し俯いた後にゆっくりと話し始めた。
「…迷惑とは違うわよ。私はこの国の王女だから、民が間違っていうからと言って力で押し付けて解決するわけにはいかないの。そんな王に誰もついてこないと思うから」
「結局やっつけちゃってるけどね」
マクラが倒れ伏す少年たちを見て肩をすくめる。
「しょうがないでしょ。逃げられそうになかったんだから」
少年たちが追ってきた時のことを思い出す。
彼らは、直撃すれば私やマクラが死んでもおかしくない威力の魔法を繰り出してきた。
人間だって当たればかなりの深手を負うだろう。
だから、ルナが最終的には怒って彼らを蹴散らしてくれたのだ。
「ふうん、人間の世界って難しいんやね。せやけどこいつらは潰していい相手やったと思ってるで。我の感情とか人間の事情とか関係なく。勘やけど。中には力でしか解決できない問題ってのもあるんちゃう?」
セレーネは襲いかかってきた少年たちの怒りと優越の顔を思い出す。
「それにああいう世界が自分中心に回ってると勘違いしてる馬鹿を見るとムカムカするんや。世界は我を中心に回っているちゅうのに」
「それも違うけどね」
相変わらずどこまでも自分の道をゆくマクラに毒気を抜かれて、私もセレーネもその場でこれ以上は何も言うことはなく、そこでこの会話は終わった。
だが、私はこの時の会話をしばらく引きずることになった。なぜなら、この会話で気づいてしまったからだ。私はルナの考えをほとんど理解していないことに。そして思う。
私はルナの気持ちを考えるばかりだ。
だから、さっきからルナとマクラの会話に何も言えないでいる。
じゃあ私のしたいことってなんなの?
◇◇
舞台の幕が下り、何人もの観客たちが帰路につく。
そんな中、1人いつまでも観客席で佇む男がいた。
男は劇が終わった後もずっと舞台を見つめていた。
「あ、いたいた。まぁた見てるんですかぁ?演目は…初代勇者の演目。飽きないですねぇ」
男の背後から女が近づく。
「…趣味だからな」
一瞬だけ男の目に哀愁のようなものが見えた気がして、女は眉をひそめる。
そんなもの、この人にはふさわしくないのに。
「にぃはは。ご執心ですねぇ。羨ましいな。どんな人だったんですか?初代勇者様は」
独特な笑い声をあげて女、ミリーナ・リリエンタールは妖艶な笑みで問う。
「そうだな…弱い人間だった。ただ奴には俺が信じる力とは全く異質の強さがあった」
「んー?よくわからんですねぇ」
「言語化するのが難しくてな。他者を変える力、とでもいうのか、奴を見ていると自分の根幹が揺らいでいるような気がしてくる。事実、奴の周囲の人間は皆真っすぐな目をしていた。初めは虚ろな目をしていた人間も何人もその目になった。正直、あまり気持ちのいいものではなかった」
男、初代魔王であるネメシス・クラウンは一時期初代勇者と時を共にした記憶を語る、
「魅了の類ですか?」
「…相変わらず天然だな。そういうものではない。カリスマというのが近いか?ただ奴の行動は不思議と人を惹きつける。理解できない感情を湧き立たせてくる。初代勇者は力こそ弱かったが、そうやって多くの仲間を従えることで、数々の武勇を打ち立ててきたのだ」
「…ネメシス様さえも…ですか?」
その問いを聞き、ネメシスはフッと薄く笑う。
その笑みが肯定を表していることをミリーナは感じた。
そのことで浮かぶミリーナの心中など一切気にせず、ネメシスは言葉を続ける。
「正直畏怖さえ感じていたた。残念ながらその弱さ故、それほどの英雄も、俺とは全く関係のないところで死んだがな」
一瞬、わずかだがネメシスの顔が歪んだことをミリーナは見逃さなかった。
そこにどんな意味があるのか、彼女には推し量れなかったが。
「ただ俺は彼女と戦ってみたかった。俺が生まれた意味を教えてくれる唯一の存在だと感じた」
「…」
「……しゃべりすぎたな。それで首尾は?」
「順調ですよ。ルナ王女はあなた様の思惑通り、迷いの森で真蜘羅を拾ってここライナに来たみたいです」
「そうか。では次の段階に進むとするか」
そう言ってネメシスはゆっくりと立ち上がる。
彼の手のひらから小さな橙色の陽炎が落ちていく。
それが地面に着くと同時に凄まじい勢いで火の手が広がっていった。
「ありゃ、結局お気に召さなかったんですかぁ?」
「演出が拙すぎた。シナリオは悪くなかったが、拙い魔法に頼りすぎているから見るに堪えん」
「にぃはは、そりゃあなたから見ればそうでしょうよ」
やれやれとミリーナは肩をすくめる。
何が趣味だ。
こんな回りくどい計画を立てているのもその初代勇者と戦うためだろうに。
結局、この人はいつまでも初代勇者の影を追い続けているのだ。
そんなものは、この世界の頂点である私の主にふさわしくないのに。
私を一切見てくれないネメシスに少し苛立ちを覚えた。
「……」
その不敬に過ぎる考えを振り払い、ミリーナは出口へと向かうネメシスの後に続くのだった。
◇◇
ルナとマクラの言い争いが終わり、一行がその場を立ち去ろうとしたとき、1人の小さな人影がルナたちの前に立つ。
「あなた達、強いのね」
白いフードを被った人影は言う。
その声に全員が振り返った。
「お願いがあるの」
そう言って人影はフードを外す。
そこには、エメラルドのように光り輝く緑の目をした少女が立っていた。
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