75話.命名
歓迎会のあと、村人たちはオークに荒らされた畑の修復作業を始めた。
オークは重い物の運搬など力仕事を積極的に手伝っていた。
私とルナも少しだけ畑仕事を手伝った。
私は主に水やりの手伝いと畑を耕すサポートをした。
私の体にたくさんの水分を蓄えて一度に広範囲の水やりをするのだ。
あと、水分を含んだ体で畑を進むことで、土を湿らせて柔らかくし、みんなが耕しやすくしてやった。
私の体を構成している水はどうやら自由自在に操れるようだ。
これはもしかしたら武器になるかもしれない。
ま、それでも強敵相手にどの程度役立つかはわからないけど。
畑に生えている雑草に何となく食欲を湧き立てられ、食べみた。
食えはするが、人間の飯の方が何倍もうまいというのが私の感想だった。
だが、それも村びとにとっては、役立つ行為だったようだ。
雑草が生えていると邪魔ならしい。
しょうがないから、そこらに生えている雑草をかたっぱしから食べてやった。
地味ながら、私のサポートは村人たちに凄い喜ばれて、滞在期間中はずっと重宝されることに
なった。
村人たちがちやほやしてくれるのが意外と気持ちいい。
もっと私を褒めて~~、
という感情が心の中でどんどん芽生えてくる。
思えば、私が周りにちやほやされたり、注目されたりするのが好きだと自覚したのはこの時かもしれない。
ルナはというと、村びとに交じってクワを振り下ろしていた。
その様子はとても王族には見えなかった。
本当にルナは王女とはかけ離れた行動をするな。
それがおかしくて、ルナを見るたびに笑ってしまった。
笑う私をルナは不思議そうに見ていた。
最初は何故村人たちを助けないといけないのかと思ったが、畑の手伝いは終わってみればなかなかに楽しい時間だった。
◇◇
その夜。私が畑仕事につかれて丘の上で休憩していると、ルナが私の隣に座った。
月が奇麗な夜だった。
村人たちは、まだ作業をしていて、オークもそれを手伝っていた。
わたしたちはその光景をしばらく黙ってみていた。
最初に口を開いたのは私からだった。
「ルナもだけど、ここの人たち変わってるね。魔獣を受け入れるなんて」
「魔獣だからじゃないですよ。あのオークさんを、スライムさんを見て、話を聞いて、理解して受け入れてくれたんです。あなた達は悪い魔獣じゃないって」
ルナは静かに笑って言う。
「悪い魔獣って、魔獣に良いも悪いもあるの?」
「もちろん。それは人間も魔族でも同じことです」
「そっか。人間も全員があのカルシュウム男爵とかいうやつみたいなわけじゃないんだね」
「それに関しては耳が痛いです。あれは悪い側の人間ですから、スライムさんが言う通り全員がそうだと思わないでくれると嬉しいです。それに恥ずかしながら、魔獣というだけで拒絶する人の方が多いでしょうし」
「…」
ルナが言うのだから、やっぱり魔獣を受け入れたこの村の人間の方が珍しいのだろう。
その事実を突きつけられて、私は何も答えられなかった。
そんな私を真っすぐに見てルナは微笑んでいった。
「ありがとうございます。スライムさん、私を庇ってくれて」
「え、なんのこと?」
「あのカルシュウム男爵が私を襲おうとしたときのことです」
確かに私はルナに触られたくなくて飛び出した。
でも。
「別に、ルナなら必要なかったでしょ」
あんなに強いんだから、私が何もしなくても、自分で切り抜けていただろう。
改めて自分の非力さを痛感する。
この生まれてからの短い時間で何度、その気持ちを抱いただろう。
だが、ルナは首を振った。
「いいえ、スライムさんが助けようとしてくれたことが嬉しいんです。それだけで私は勇気を持てたから」
勇気というものが、あんなに強いルナに必要なのか私は疑問に思った。
だが、彼女が私の助けを必要としてくれるなら、
私なんかが誰かの役に立てるならその想いに応えたいと思った。
「…ねぇ、ルナ、私あなたについていっていいのかな」
ルナは意外な言葉を聞いたというように、目を何度かまばたきさせる。
「はい、もちろんです」
そうして、ニコリと笑って言った。
「じゃあついてってあげてもいい。でも1つ約束。私を気遣って止まるようなことはしないで欲しい。ゼイ伯爵ってやつのとこに行かなかったみたいに。私は、ルナの変な行動がみたいから。その邪魔はしたくない。でもその代わりにいつか私がルナを守れるように強くなるから」
「変な行動って」
ルナが口を押さえて笑う。
「………」
ルナは何か逡巡する素振りを見せた。
困惑しているのだろうか。
私は昨日までルナを信用していなかったし、それを思いきり表情に出してたのだからそれも
仕方ないかもしれない。
でも、もう決めたのだ。私はルナについていく。そして、彼女にいったようにその軌跡を追っていく。
その先に彼女が成し得る事を見たいから。
それが私の冒険なのだ。
少しの沈黙のあと、ルナはため息をつき言った。
「わかりました。もうしません。期待してますよ。スライムさん」
そして、ルナは笑って小指を立てて、チョンと私の体に触れた。
その行為の意味はよくわからなかったが、私はうんとうなづいた。
後にそれが、人間の世界で指切りげんまんという約束の合図だということを知った。
そのまま二人は月を見上げた。
今回の事件を経て、ルナとの関係が少しだけ深まった気がした。
「あっ、そうだ、思いつきました」
ふいにルナが言った。
「なにを?」
「スライムさんの名前ですよ」
ルナは人差し指をたてて、説明をはじめた。
「暗い闇のなかでも夜に浮かぶ月のように皆を照らしてくれる存在、それが私、ルナという名前につけられた意味です。そして、スライムさんはそんな私を支えてくれる存在になるんですから。月の女神さまから名前をとってセレーネ、なんてどうですか?」
ルナは微笑んで言った。
「…セレーネ」
私はルナが命名してくれた名前を繰り返す。
「助けてくれるんですよね?」
ルナが問いかけてくる。
「うん、セレーネ、か。気に入った。私は今日からセレーネだ」
何だか自分が何者かになれた気がして嬉しかった。
口角がグニャリと上がるのを感じる。
気持ちが抑えられなくて私は、その場をなんどもルナの周りを弾みながら何周もまわった。
月はそんな私たちを照らすように輝いていた。
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