67話.逃走
逃げる。逃げる。
必死に逃げる。
なんだっていうんだ。なんで。
この草原に生まれた私は自分が特別な存在だと理解した。
他のスライムは意思というものをもっていなかったからだ。
それに発声器官もない。
それなのに、自分はそれを持っている。
これで優越感に浸れないわけがない。
この生まれ持った知識を駆使して、世界中を旅したいと夢を見た。
だが、そんな現実はとてつもなく甘いものだとすぐに気づくことになった。
探索を始めて数時間後。
大量の何かが攻めてきたのだ。
私とは違う肌。
水ではない何かでできた体。
4本の何かが生えていて、後ろの2本を動かして
進み、前の2本で鋭い固い棒を振り回している。
その棒が大量のスライムの内の1匹に当たった。
すると、スライムの体は真っ二つになる。
そして、その肉体はたちまち霧散してしまった。
「ひっ」
掠れ声が漏れる。
真っ二つにされたスライムがこの世界から消えたことは何となく分かった。
そのスライムが再び形を成すことは2度とないのだ。
消えたらどうなるのか分からなかったが、ただただ恐ろしかった。
消えたくない。
その思いだけで後ろを向き走り出す。
だが、他のスライムたちは逃げなかった。
立ち向かっていったのだ。
そして、次々と消されていく。
なんで!?
理解不能な同胞たちの行動に頭をひねらせる。
そうか。意思がないから。
もし、私にも意思がなかったら、こんな怖い思いしなくて済んだのかな。
私はその考えを振り払い、ひたすら走るのだった。
後に私は襲撃を仕掛けてきた生物の名を人間と呼ぶことを知った。
◇◇
私は草原を抜けて森の中に突っ込んでいく。
「はぁ、はぁ」
息が上がってきた。
どうやら、私は無限に動きまわることはできないようだ。
生まれて初めて体力という概念を知った。
体力が徐々に減っていく。
だが、スピードを落とすことはできなかった。
後ろから2人の襲撃者が追いかけてきたからだ。
彼らも私と同じ言葉を話せるようだった。
後方から聞こえてくる会話から、彼らが冒険者と呼ばれている事。
そして、私がスライムという種族であることを知った。
しかも、そのスライムという種族はこの世界で最弱であることもだ。
どうしたらいい。
どうしたら。
彼らが振り回す鋭く長いものが、迫ってくる。
必死にそれをよける。
それだけで精一杯だった。
私は、この世界で生きていくには弱すぎる。
後ろをチラチラと見て、敵との距離を測る。
その生物は得体の知れない怪物のように見えた。
躊躇のない殺意。
私を殺すことだけを考えた怪物の目。
ただただ恐ろしかった。
「いや!来ないで!」
思わず叫んだ。
後ろを振り返ると、2人の冒険者が絶句した顔で立ち止まっていた。
「いま、しゃべって」
どうやら私が声を発したことで驚いているようだ。
何だか分からないけど今のうちだ。
必死に駆ける。
駆ける。駆ける。
後ろから声がした。
「喋るスライムなんて激レアだ。いくらで売れると思う!?」
「絶対捕えろ!」
何のことかよく分からなかったが、
後ろの怪物たちがより一層やる気を出したことは伝わってきた。
やがて、木々のあいだを抜け、光が見えた。
私は勢いよく飛び出した。
飛び出した先は、道だった。
だが、そこで私は胸いっぱいの絶望感に襲われる。
そして、視線の先にはさっきの怪物と同じ種類の生物がいたのだ。
少し風貌が違うけど。
多分性別が違うのだろうと理解する。
その性別は私と同じ…だと思う。
多分女だ。
その女は少し驚いた後、腰にかけた武器に手をかけた。
さっきの怪物が持っていたのと同じ武器だ。
女が武器に手をかけた瞬間。
凄まじい恐怖が全身を貫いた。
それは、殺気と呼ばれる気配だった。
何…これ。
ああ、私、もう死ぬんだ。
さっき同胞たちが消えていく光景がフラッシュバックする。
嫌だ。せっかく生まれたのに。
もう終わりなんて。
まだ生まれたばかりでやりたいことなんて分からない。
けど、私はワクワクしてた。
広大な草原を見てその先に。
ジャンプしてもまだまだ世界は先が見えなかった。
だから、その先を見たいと思った。
まずはそこから。
この世界を楽しみ尽くしたかった。
せっかく心を持って生まれたんだから。
死にたくないよ。
その思いが、私にある言葉を絞り出させた。
「たすけて!」
言葉を出すと同時に目から水分が流れた。
私はこれを涙と呼ぶことを後に知ることになる。
怪物が私を見る目が、何か別のものに変わった気がした。
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