68話.はじまり
怪物はさっと私を掴んだ。
反応することもできず、なすがままに怪物の手に包まれた。
このまま握りつぶされることを覚悟した。
だが、そうはならなかった。
怪物は手を後ろにやった。
その意図はすぐに分かった。
先程まで私を追いかけていた2人組が茂みの中から出てきたのだ。
「あれ!?どこ行った?」
「そこの嬢ちゃん!ここら辺に逃げてきたスライム見なかったか?」
ビクリと体が震えた。
このまま渡されるのではないかと思ったからだ。
「いえ、見ていませんよ」
だが、予想外なことに私が売られることはなかった。
「そっか、騒がしくして悪いな」
「そうそう、見た感じ嬢ちゃん旅の人だろ?一応忠告しとく。このあたりはスライムが大量発生してるんだ。そういう時期なのさ。冒険者の間じゃスライムパレードって呼ばれてる。それで駆除隊が出回ってんのさ。俺らもそのチームな。まぁ、所詮スライムだし、大した危険はないけど一応気をつけろよ」
「おい、そろそろいくぞ!」
「あ、おう」
そう言って男たちは去って行った。
怪物は、私を掴んだまましばらく歩く。
私が逃げようと体をよじると、じっとしていてくださいとささやく声が聞こえた。
怪物は先程の場所からある程度距離をとり、周囲を確認してそっと私を地面に置いた。
見上げると、そこには美しい顔立ちをした生物が立っていた。
「きれい」
思わず呟いていた。
怪物だと思っていたその生物からは、不思議と敵意を感じなかった。
私の言葉を聞き、その生物は困ったような顔で笑った。
「スライムさん。さっきはごめんなさい。私はルナ。ルナ・リリベスティ・クリスティナ。あなたのお名前を聞かせてくれませんか?」
その生物、ルナはしゃがみ、目線を合わせながら笑顔で言った。
◇◇
「名前…そんなのない」
「そうなんですか。それじゃつけないと。うーん…でも思いつきませんね。仕方ありません。今はスライムさんって呼びますね」
困り顔でルナは言う。
コロコロと表情が動くやつだ。
だが、不思議と見てて悪い気はしない。
むしろ面白いとさえ思った。
「私、これからどうしたらいいかな」
不意に言葉がついて出た。
「…どうとはなんでしょう?」
「わかるでしょ。私はスライム。最弱の魔獣で1匹で生きていけない。きっとすぐに倒されて死んじゃう。私そんなの嫌!もっと」
この世界を見てみたい。
そう言い切る前に、ルナは口を開いた。
「では、私と一緒に来ますか?」
思いもよらない言葉にポカンと口を開ける。
「え、いいの?」
「はい。私も1人は限界でしたから」
ルナは私に手を差し出してきた。
一瞬の逡巡のあと、私はその手に飛び乗った。
その手は驚くほど温かかった。
こうして、1人の王女と1匹のスライムの旅が始まったのだった。
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