46話.祭り 後編 ~ハッピーエンドの前借りを~
「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかしら。私達が集結したその意味を」
フェルミナの問いに全員がセレーネの方を振り返る。
マクラは一度この件についてセレーネと話はした。だが、詳細については教えてもらっていなかった。それに、あの時はセレーネの口から直接聞いたわけではなく、マクラの推測を言っただけだ。
セレーネの考えを全て理解できているとは言い難い。
「そりゃーみんなとの約束を果たすためさ!っていっても信じてもらえないのかな」
セレーネは芝居掛かったようにおおげさに言った後、諦めて目を瞑る。
セレーネの言う約束とは、13年前、4人で交わした約束。
最強になった時また会おうと誓い合ったことだろう。
確かに彼女たちは最強になった。
その強さは世界中で認められ、4匹の魔獣の頂点、魔獣四王と恐れられている。
だからこそ、今なら4人で集結しても何も問題はない。
ルナにだって問題なく会う事ができるだろう。
だが、楽しむというのは1つ工程を飛ばしているのではないか、とフェルミナは疑問に思う。
まだやることが残っているはずだ。
だって私たちが最強を目指した本当の理由は…
「けど、間違えてないよ。みんなと楽しむため。それが最大の目的さ」
やわらかい気持ちいい風が、セレーネの顔に当たり、奇麗な水色の髪が揺れる。
彼女は目を閉じて、髪を抑えた。ひと時の静寂が訪れる。
セレーネの言葉に全員が昔を思い出したのだろう。
皆黙り込み、風の音がやけにうるさく聞こえてくる。
「13年前にみんなで過ごした時間は本当に楽しかった。
アイツが私達の前に現れるまでは、ずっとあの旅が続くって思ってたさ」
セレーネが言うアイツ。当然それが指し示すのは、1人しかいない。
くだらない妄執に取り憑かれ、ルナを狙うクソ野郎。だけど、やっかいなことに最強の存在。
あれを殺すまで、真の意味で魔獣四王が最強と名乗ることはできない。
「死帝ネメシス・クラウン」
ポツリと、けれど低く響き渡る声で真蜘羅が呟く。
その声には、とてつもない殺意が含まれていた。
近くに人がいれば、おそらく失禁していたことだろう。
だが、魔獣四王の中に誰もそれを咎めるものはいない。
マクラの殺気。それは魔獣四王4匹ともが抱く共通の憎悪だからだ。
「私はネメシスを殺す」
普段おちゃらけた気さくな態度を取るセレーネからは信じられないほど暗く、重たい声が聞こえた。
「だけど、それには奴を私たちと同じ舞台に引きずり出さないといけないね。そのために、まずは奴の計画を破綻させるつもり」
「それが私たちの集結の意味ってわけね」
フェルミナの言葉に私は頷くことで返答する。
今や魔獣四王の行動は些細なあっても多大な影響力を持つ。
だからこそ私たちが最強になったことには意味があるのだ。
ネメシス・クラウン。
その男は、最強の力を持っているにも関わらず、姿を見せず影から世界を動かす。
まるで未来でも読めるかのように、間接的にこの世界の盤面を動かし、支配する。
この前のクラーケンがいい例だ。
フェルミナはクラーケンがあの方なる人物から伸縮能力という能力を貰ったといっていた。
他人に能力を与える。そんな真似ができるのはこの世に1人しかいない。
件のネメシスだ。
その狙いは、セントラルフィリアの壊滅。
その結果起きることは人間の貿易拠点の壊滅だ。
セントラルフィリアは、大きな港町として、国と国との貿易の中間地点の役割を担っていた。
そこが潰れるということは、物流が滞り、物資が世界に行き渡らなくなるということだ。
奴の目的は、それによる人間の国の弱体化だ。
人間の国が弱体化すれば、魔族と冷戦状態にある均衡を崩す事も容易になる。
さらに付け加えて最悪なことがある。
それは。セントラルフィリアに面する海の先。そこがちょうど魔界だということだ。
つまり、セントラルフィリアは魔界と戦争となった際、軍事拠点になる可能性が非常に高い。その都市が壊滅すれば、魔族との戦いは一気に不利になる。
そうして、人間を不利にした状態で魔族と戦わせる事で、
ネメシスは自分の悲願を果たそうとしている。
13年前に果たせなかったとある悲願を。
しかも始末が悪いことに、ネメシスが手を出しているのは、セントラルフィリアだけではない。
目的達成のサブプランとして、ネメシスは他にも様々な場所で暗躍をしている。
そのネメシスの計画すべてを邪魔するには、世界の情勢をぐちゃぐちゃにかき回す必要がある。
それこそ、ネメシスが表に出ざるを得ないほど、盤面をぶち壊すつもりで。
だけどその影響力がいつもいい方向に転ぶとは限らない。
「セントラルフィリアに来たのは、人間の重要拠点であるここをフォローするためってわけね。私たちのせいでこの都市が潰れたら、ネメシスの思う壺になっちゃうもの」
放置しておけば、ネメシスがクラーケンをコントロールしなくとも、セントラルフィリアは交易街としての機能を失い、大変なことになっていただろう。
だからこそセレーネは、いの一番にこの街に来た。
フェルミナがクラーケン討伐に向かうと申し出た事はセレーネの中では計算のうちだったのだろうとフェルミナは推測する。
「そうだね。その通りだ」
フェルミナの問いに、セレーネは肯定の意を示す。
「そう考えると、我たちの当初の計画ともそうズレてへんよね、この同窓会も」
「よくわからんけど、オルもアイツ潰したい」
3人が、納得して話し出す。
その様子を少し離れた距離感でセレーネは眺める。微笑みながら。
そして、
「だけど、それは本当についでなんだよ」
仲間達に聞こえない声で呟いた。
「セレーネ、何か言ったか?」
オルが少し聞き取ったようで、疑問を投げかけるが、
「ううん、何も」
と否定する。
ネメシスと戦ったら、私は死ぬかもしれない。
セレーネはそう思っている。
かつて最弱だったセレーネでは、ネメシスの実力は測れなかった。
だけど、今は違う。
最強になって、アイツと同じ目線に立って、どちらが勝つかはセレーネにも分からない。
だが、もし負けるくらいなら、或いは逃してしまうくらいなら、私は自分の命を捨ててでも道連れに奴を葬るだろう。
もしかしたら、チャンスが来るだけで相打ち狙いで特攻するかもしれない。
そうしなければならない。
その覚悟を決めるための時間。
それがこの集結。同窓会の意味だ。
ネメシスを殺すか、殺されるか。
私がネメシスとの敵対を選んだ以上その2つどちらかの未来以外は訪れない。
この戦いが最後になるかもしれないのだ。
そう思うと無性に怖かった。
その怖さの根源は何か、私は痛い程知っている。
セレーネはかつて自分が守ると誓った少女を思い出した。
そしてすぐそばにいる仲間達の後ろ姿を見て、浮かんできた言葉を、否定するために首を振った。
そんな情け無い事を言いたくはない。
だけど、自分の感情は、心残りが何かは誰よりも良くわかっているつもりだ。
だから、最後に束の間でも、味わっておきたかったのだ。
全てを打ち砕いた後に見れる筈だったもの。
ハッピーエンドを勝ち取った先にあった結末を先取りして。
それがこの同窓会の真の意味。
セレーネの弱さが生み出した時間。
◇
世界の果て。死の庭と呼ばれる場所。
そこには6人の男女が集まっていた。
「タナトスとモアのコンビがやられた?」
同時刻。
男は部下からの報告を受け、少し驚きの混ざった声で呟く。
男は手でカラフルなキューブを回していた。
そのおもちゃは、無数の悪意が立ち込めるこの空間では非常に場違いなものであった。
男はタナトスとモア、2人の能力を思い出す。
タナトスは吸血鬼憑きの武器を持っていた。
その吸血鬼の力の根源が解放された状態で戦っていたという。
しかも、モアのバフ能力もそれなりに強力なものだったはず。
ならば、種族としての限界を突破した超越者の領域にまで足を踏み込んだのは間違いない。
そこに足を踏み入れた存在は、彼らが知る限りでは魔王だけだ。
ここ数年前までは。
「ふむ。真蜘羅が間に合ったか。あの子が…少し、驚いたな」
男は呟きながらもキューブを回している。
会話中にやるには失礼な行為だが、
この場でそれを咎められるものは、一人としていない。
「にぃっはっはー。真蜘蛛ちゃんも強くなったんだね。あのザコモンだった泣き虫とは思えないよ」
1人の女が大爆笑した。ミリーナ・リリエンタールという女だ。
この重苦しい空気を読まずに、そんな笑いをする奴は彼女くらいのものだろう。
「その2人を倒したということは、真蜘羅も超越者の領域まで足を踏み入れたのでしょうか。侮れませんね。他の3匹も同様ですかね?」
執事の格好をした男、アルフレッドはキューブを回す男に問いかける。
男はアルフレッドの問いに答えなかった。代わりに、黒いローブにフードを被った男が見解を述べる。
フードの中から顔は見えないが、その奥からは不自然なほどに光る目が見えた。
「本来ありえん事だが、そういうことだろう。ネメシス様。ディアボロスはなんと?」
その男、ネメシスは答えない。
部屋には静寂が訪れる。ただ、その静かな中でカチャカチャとキューブを回す音だけがやけにうるさく響いていた。
人間界のおもちゃとして売られているルービックキューブと呼ばれているものだ。
だが、その音はすぐにピタリ止まる。
どうやら完成したようだ。薄らと光る蝋燭の明かりが、立方体のキューブの色が全て統一されていることを映してくれる。
そして、男にとってはキューブはまだ完成していないということも全員か理解していた。
「報告なら受けているとも。俺のかわいい娘たちは既に超越者の領域にいる。全員だ。が、確かに想定外だな」
今まであっただろうか。ネメシスが生きた、千年をも超える長き時。それほどの強者が、勇者と魔王以外に誕生したことが。しかも、4匹も。
男は、何か懐かしいものを思い出すような顔をした。
男の手のひらから発生した黒い闇がキューブを包む。
同時にバキバキと鈍い音がし、キューブは粉々になって床に散らばった。
「愛おしかった娘たち。セレーネ。マクラ。フェルミナ。オルゴラズベリー。強大な力を得てなお俺に刃向かうか、悲しいものだな」
かつて捨てた存在。それがまさかここまで大きくなるとは。
真に素晴らしきものとは、自分の手から離れた中からしか生まれないのかもしれない。
「人間、魔獣、魔族。この世界の全ての生物が俺の掌で踊るマリオネットだとしたら、
奴らはなんだろうな?ミリーナ」
「さーてーねぇ。不運にも自分の意思を持ってしまった可哀想な人形ってとこじゃないかしら。にははっ」
楽しそうにミリーナは笑う。
「それも悪くないが、せっかくここまで大きくなってくれたんだ。娘達にはもっといい役が相応しかろう。そうだな。運命に抗い、自分達を世界を救う主人公と勘違いした道化。俺がこの世の頂点に立つその時を盛大に盛り上げる噛ませ犬だ」
男は大きく破顔する。この男がここまで嬉しそうにしていることを見たものは、この場に誰一人としていなかった。
「にーっはっは。そりゃ人形よりよっぽど不憫だ」
ミリーナは楽しそうに笑う。
「だが、悪くないだろう。彼女たちは俺の舞台に華を添えるにぎやかしには最高のなのだからな」
その男、ネメシスは高らかに笑う。
彼女達が積み上げてきた強さ。友情。想い。その全てが粉々に打ち砕かれるその瞬間を切望して。
◇
さらに同時刻。王都にて。
ルナは、出立の準備をしていた。
魔獣四王との再会が近い事を感じて笑いが込み上げる。
ついつい鼻歌を歌ってしまう。
外はすっかり日が落ち、大きな月が力強く光っていた。
その時、ブワッと風が顔にぶつかる。
窓の方を見ると、窓は開いており、そこには1人の少女が立っていた。
「初めまして、かの?ルナ・リリベスティ・クリスティナ王女殿下」
肩まで伸ばした白銀のミディアムヘア。
耳の上からは、漆黒に煌めく黒いツノが生えていた。
若干釣り上がった瞳はブルーに輝き、まるで光り輝くダイヤモンドのようだった。
袖口が長く、黒みがかった青い服は、その布を一目みただけで、相当高価なものだと察することができる。
だが、彼女の小さな体に対してその大きなその服は若干ダブついていて、その小柄を強調させる。
サイズが合ってないけど気づいてないのかしら。
身長は140cmほどだろうか。
だが、小柄であっても侮ることは決してできない。
何故なら魔族が王城にいるはずはない。
厳重な警備をかいくぐり侵入できるはずもないのだから。
明らかに異質な状況だが、ルナは取り乱すこともなく、冷静に振る舞う。
「…あなたは」
「余は当代魔王パンドラ・ロイ・ビクトリアじゃ。此度は主に話があってきた」
魔王パンドラは薄く笑いを浮かべてそう言った。
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