47話.女王と魔王の密会
「余は当代魔王パンドラ・ロイ・ビクトリア。此度は主に話があってきた」
そう告げたパンドラは、ルナをじっと観察する。
ルナが魔獣や魔族と共存を訴える演説をしているという噂を、
パンドラは聞いたことがあった。
そんなことをすれば、いくら王女であろうとも、民衆から忌み嫌われ、腫物扱いされそうなものだ。
故に半身半疑ではあったが、この機会に調べたところ、どうやら事実らしい。
そんな演説をしてなお、民衆からの信頼を失わないのは、
その卓越した手腕と智謀で数々の素晴らしい改革を行っているからだ。
だが、共存の演説は、民衆は一種の戯れや理想論としてとらえ、
本気にしていないらしい。
パンドラ個人としては、実現できるなら一番いいと思っているが、
そんな大それた夢物語は、とても無理だろう。
演説は貴族からの攻撃材料の一つにはなってしまっているようで、
ルナが掲げる貴族排斥の妨げにもなっているように見える。
明らかに政治的判断に長けたルナが、そのような演説をする事にパンドラは違和感を感じていたが、
それは、我々魔族にとっては重要な話ではない。
重要なのは、交渉の余地が十分にあることだ。
ルナとならば、交渉も進めやすいだろう。
じゃが、余は歴代1思慮深き魔王ぞ。そう簡単に信頼されるとは思わんことじゃな。
心の中でつぶやく。
そう。直接会って、その人となりを観んことには、信頼などできようはずがない。
だから、まずは、ルナという人物の人柄、魔族の自分とでも本当に交渉の余地があるか、見極める必要がある。
そうして、余は今、ルナと向き合っている。
夜アポなしで来たこともあり、寝間着を着ているが、その生地の質を見るに相当高価なものであることが伺える。
もっとも人間の王族や貴族は、寝間着にすら金の装飾をし、権威を示そうとする者もいると聞く。
察するに、あまり贅沢はしないタイプなのだろう。
だが、寝る直前にも関わらず王女の証たるティアラを外していない。
そのまま寝るつもりだったのかの?どう考えても邪魔じゃろ?
贅沢をしないタイプという予測とは、外れているし、違和感があった。
答えが出そうになるので、その疑問は一旦飛ばすことにする。
観察の中、ふとルナに対して引っかかることがあった。
その顔にはどこかで見覚えがあった。
気のせいか判断がつかないくらい、曖昧なレベルだが。
違和感はそれだけではない。
相対しているだけで不思議な感覚がある。何か危険な存在のような、自分にとって運命の宿敵のような。
言い表せないアラートが心の中で鳴り響いている。
「…主、余とどこかで会ったことがあるかのう?」
「…いえ、私はありませんよ」
「そうか?」
何か引っかかる言い回しだ。
ルナ以外は会ったことがある?
ルナの知人は余に会ったとがあるのだろうか?
「それより、本題に入られては如何でしょうか。パンドラ・ロイ・ビクトリア様。貴方がどうやってここに来ることができたのか、私には分かりかねます。が、こんな時間に来られたからには、何か重要なお話があるのでしょう?」
ニッコリと笑ってルナは言う。
まるで普段の会議の場であるかのような平静な態度のルナを見て、パンドラは初めて違和感の正体に気づく。
ルナの態度からは恐れが一切見えないのだ。
普通魔王が真夜中に、突然現れたらビビるじゃろ。
そもそもなんで余が魔王だって知ってるんじゃ?
頭の中で思考がぐるぐると回る。
人間の姫からみれば、魔王など暴力の化身。
姫たる責任感から冷静さを保っているのだとしても、焦りや緊張、怯え、いずれかの反応を示さざるをえないじゃろ!?普通。
顔は平静でも手汗がびっしょりになるとか、
震えを隠せないとか。
だが、目の前の女からその気配は全くしない。
よほど肝が座っているのか。
…ないとは思うが何らかの方法で余の来訪を察知していたのか。
こうして観察していると、この姫の方がよほど不気味な存在に見える。
本来その感情を抱くのは、ルナ側であるはずなのにの。
「随分と楽観的な捉え方じゃの。単に魔族の王として人間の長の首を取りに来たのかもしれんぞ」
パンドラは、一旦様子見としてかまをかけてみることにした。
「でしたら、私ではなく父を狙うのではありませんか?それに、魔族側の王である貴方様が直接来られることもなかったでしょう。パンドラ・ロイ・ビクトリア様」
看破されていたか。
予想以上に聡明なようだ。
「ふむ。揺さぶりは無駄、というわけかの。では、望み通り本題に入るとしよう。じゃがその前に。フルネームで呼ぶのはやめてくれ。むず痒いからの。パンドラと呼んでくれ」
余の言葉にルナは一瞬微笑みを見せる。
「分かりました。では、私のことは、ルナとお呼びください。パンドラ様。さっそくお話を伺いしましょう。お茶をお入れしますのでどうぞ中へ。あと、このような格好で申し訳ありませんが、夜分故ご容赦を」
「いや、気遣いは無用じゃ。中には入れさせてもらうが、お茶は結構。余も用事が済んだら帰って寝るつもりじゃし。寝る前にお茶を飲んでは、催してしまうからの」
今の言葉で初めてルナは驚き、目を丸くした。
なんじゃ?あ、今のは少し子供っぽかったかの?
自分の言動に、少し羞恥を覚える。
仕方ないじゃろ。
習慣づいておるんじゃから。
幼少のころからのお世話係であるメイチェルが、よく呆れたように、言っていたことを思い出した。
布団の真ん中に世界地図のような水溜まりが広がるたびに、
寝る前に水は取り過ぎないで下さいねと呆れたような顔で注意されたものじゃ。
余だって、この年であんなことはもう言われたくないから気をつけておるんじゃし。
「と、ともかく、本題じゃ。主は、魔獣四王襲来の事件。どのように捉えておる?」
「ああ、そのことですか。そうですね。微笑ましい話かと」
「ほ、微笑ましい?」
ルナの余りにも予想外で能天気な答えに、思わず目を丸くし、ルナの言葉を復唱してしまう。
何か聞き違えたかの?それとも、何か別の話と勘違いしとるんじゃないか、こやつは。
困惑し、言葉が出ないパンドラの様子を見て、ルナはクスリと笑い、口を開いた。
「パンドラ様、ご存知ですか?魔獣四王たちは、幼少からの幼馴染なんですよ。それはもう仲良しです。だから、今回の集まりは、そんな彼女たちが、久しぶりに集まって同窓会をしている、と言うだけのお話なんです」
信じがたい話だった。
あの魔獣四王が既知の親友じゃと!?
あれほど、しょっちゅう小競り合いをしておいて?
魔獣四王がそのように呼ばれ始めたころから、魔獣共の四大勢力として、よくぶつかっていたという情報は手に入っている。
特に、蜘蛛王・真蜘羅と怪鳥王・フェルミナは犬猿の中だという話ではないか。
いや、互いが致命傷を負う限界まで争ったことはなかったはず。
ブラフ、ということか?なんのためかは分からんが。
「初耳じゃな。信じる根拠もない。事実じゃとしてなぜそのような情報を持っておる?」
すると、ルナが先程まですらすらと紡いでいた言葉をとめ、珍しく考え込むような仕草を見せた。
しばしの静寂が流れる。
「どうしたのじゃ?」
「いえ、失礼しました。実は私は魔獣四王がその異名で呼ばれるようになるずっと前から交流があるのです。彼女たちはとても仲良しで、こうして集まったのも何かお祝いではないかと思いましてね。とはいえ、同窓会というのは、私の憶測の域を出ない話でしたね。お許し下さい」
魔獣四王と仲良くしていたじゃと!?
本当にこの姫は何者なんじゃ?
何とか動揺が表に出ないよう、無表情を装う。余は魔王として交渉の席についておるのじゃ。
「じゃが、確かに奴らが集まって数日、内乱が起きたという情報もない。仲良くはやっておるようじゃぞ。とはいえ些か楽観が過ぎるのではないか?奴らはこの数日で、都市セントラルフィリアを手中に収め、討伐隊である自由の騎士団、タナトス・アルティミスとモア・アウグスモンドを、幽閉しておるそうではないか」
「セントラルフィリアとはあくまで同盟を結んだだけですよ。王国直轄領ですし、許可を出したのは私です。その方が何かと都合が良かったので。それに、タナトス君とモアさんの件は貴族の暴走です。むしろ、捕らえるだけで済ませてくれている彼女たちに、感謝すらしています」
自由の騎士団のことはパンドラもよく知っている。魔族が人間と戦うことになった場合、一番の障壁となる存在だからだ。勇者が不在のこの現状で、よくあれほどの猛者たちを集めたものだと目の前の姫には感心すらしていた。
だが、その重要戦力を無駄に使いつぶしたとも言える貴族には、パンドラも呆れるしかない。
姫には同情するしかない。
魔族領にも人間の貴族と同じく、魔王一族の方針に反対するものがいる。
人間を滅ぼすべきだと戦争を起こそうとする強硬派だ。そいつらの制圧には、パンドラも手を焼いていた。
「お互い大変じゃな」
「ええ。本当に。それで、話を戻すのですが」
パンドラは、先程ルナとの話の中で動揺ばかりしている事に気づき、咳ばらいをする。
正直、ルナが信用に足る確証は得られなかった。
ここまで話して彼女は得体が知れなすぎる。
だが、ここまで来たからには、余も腹をくくるべきじゃろう。
今後の魔族の未来のためにも。
「ああ、余がここに来た目的じゃの。主の意見とは異なるが、魔獣四王はいつ暴走してもおかしくないと余は考えておる。故に、魔族と人間族、双方で同盟を結ばぬか?」
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