20話.セレーネと真蜘羅の過去②
それは14年前のこと。
とある蜘蛛はいつものように森で狩りの準備をしていた。
それはタランチュラと呼ばれるEランクの魔獣だ。
ランクとは魔獣の強さを示す階級で、Eが1番低い位である。
つまり、その蜘蛛は魔獣の中でも最弱の存在だった。
だが、その蜘蛛は最弱であることを気にしない。
むしろ楽しんですらいた。
「へへ、次の獲物は、あいつらやな」
人間の女が1人、スライムが1匹こちらに向かっているのを確認した。
遠く離れた場所で蜘蛛は、獲物に気づかれないよう、
ただ、見つめる。
蜘蛛の戦い方は至極シンプルだった。
糸で罠を張り、かかるのを待つ。
それだけで大抵の獲物は雁字搦めにされ、
身動きすら取れなくなり、食料へと化す。
そうやって蜘蛛は自分より格上のDランク、
時にCランクの獲物さえ狩ってきた。
格上の獲物を狩るうちに、
いつしか蜘蛛は罠を考えることに快感を覚えるようになった。
どんな搦め手で自分より強いやつを狩るか考える。
それが、蜘蛛の生きがいだ。
「人間の女に、スライム…確か我より弱い種類の魔獣やったかな。
なんともまぁ狩りがいのない獲物や。
あんな弱そうなやつら単身突撃したって勝てるんちゃうか。
まぁええか。巣に引っかけても同じことやし」
蜘蛛は完全に今回の獲物を舐めていた。
今回の罠は地面に粘着性の糸を見えないように貼り付け、動きを止める罠だった。
単純に思えるが、糸を地面の土と混ぜて、気づかれないように配置するにはだいぶ苦労した。
奴らは警戒を全くしていない
愚鈍に歩く人間に地面を這いずるスライム。
くくっ、
獲物が罠にかかる直前。
驚きと恐怖の声を上げるちょっと前
この瞬間が1番ワクワクするわ。
「きゃあ!」
「うわっ!?」
人間と女とスライムが粘着性の糸を踏み、
バランスを崩す。
ん?いまあのスライム喋らんかったか?
まぁええか。
蜘蛛はすかさず糸を手繰り寄せ、糸ごと
女とスライムを宙に浮かせ、吊るした。
「あはははは、無様やなぁ。何の恨みも無いけど今日の晩飯になってや」
蜘蛛は完全に勝利を確信して、人間とスライムの前に姿を表した。
「くっ、油断しました」
女はじっと蜘蛛のことを見る。
「タランチュラが喋るなんて」
「我は特別なんや、っと話すこともないな。ほな、さいなら」
蜘蛛は牙を尖らせ、かみつこうとする。
牙の毒で痺れされ、身動きを取れなくして襲う算段だ。
「くっ!」
女は森に似つかわしくないドレスを着ていたが、その格好とは裏腹に剣を腰につけていた。
だが、蜘蛛の糸が彼女を縛りつけているため、
彼女の手は、その剣に届かない。
当然だ。その剣を見て使われないように腕だけは重点的に強く縛ったのだから。
まずはこの女の肉を食って、それからデザートに
スライムのゼリー状の肉体を飲み込んでやろう。
そう思った。しかし、
「ルナに、手を、出すなぁっ!!」
蜘蛛がその毒牙で女を喰らおうとしたその瞬間。
ズシンッと衝撃が身体に走る。
何と捕まえたはずのスライムが体当たりをしてきたのだ。
「ぐえっ!?」
その体当たりは蜘蛛に直撃し、
蜘蛛は堪らず後ろに吹き飛んだ。
「なっ!?どうやって我の糸から抜け出したんや??ただのスライムごときが」
「ただのスライムで悪かったね。教えてあげないよーだ!」
べーっと舌を出してスライムはこちらを睨みつけた。
その姿はなぜだかとても愛らしく感じ、蜘蛛はたじろぐ。
不覚にも少しかわいいて思ってしまったやん。狙ってやってるんか?
っと、戦いに集中やな。
スライムの方を見ると完全に臨戦態勢に入っていた。
が、所詮スライム。我の敵やない。
尖った前足を持ち上げ、威嚇をする。
糸で捕まらんのやったらしょうがないわ。
格闘は苦手やけどこの前足で貫いたるわ。
蜘蛛は速攻でスライムに飛び掛かった。
そのまま左前足で一突き。
のろまなスライムなんてそれだけで倒せるはずだった。
だが、
スライムはヒョイとその突きをかわす。
そしてまた体当たりをしてきた。
「ぎゃっ!」
また、蜘蛛は吹き飛ばされる。
スライムの癖に我の攻撃をかわすなんて。
このスライム、本当に何者やねん!
「あんた、ええかげんにせぇよ。地味に痛いんやその体当たり」
「いや、何言ってんの!?襲ってきたのそっちでしょ」
蜘蛛の怒りに反論しながらもスライムは追撃の体当たりをしてくる。
けどもう喰らわんわ。我には六本の足があるんや。二本足で立って
残り四本の足でガードすればそんな体当たり、
なんてことないわ!
蜘蛛はサッと四本足でスライムの体当たりに備える。
だが、なんとスライムはその液体の体積を薄く大きく広げて、
蜘蛛の上半身に覆いかぶさるようにぶつかってきた。
液体の体は蜘蛛のガードをたやすくすり抜け、
蜘蛛の顔をふさぐ。
「ガボガボた、たすけ」
蜘蛛は息ができなくなり、たまらずもがくが、スライムの液体の体は引きはがせない。
蜘蛛は粘着性の糸を出した。
それをスライムにくっつけ、力ずくで引きはがす算段だ。
だが、その糸はスライムの液体の体に溶け込みはしたが、くっつきはしなかった。
我の糸から逃れたのはこういうわけやったんか。
先程、巣の罠から逃げられたカラクリに気づく。
だが、もう遅かった。
動きが全部裏を描かれた。
完全に見誤っていた。
このスライムは弱いけど狡猾なんや。
決して侮ってはいけない相手だった。
まさか我が読み合いで負けるなんて。
「ま、まいった。我の負けや、もう、攻撃、せ、んから、た、助け」
蜘蛛は必死に命乞いをした。
もっとも助かるとは思っていなかった。
野生の世界で狩りを仕掛けて負けたのだ。
潔く死を受け入れるべきだ。
後にこの日のことを思い出しても客観的にはそうすべきだったと考える日がある。
野生の戦いに負けて命乞いなんてみっともない話だ。
もっとも、過去に戻ったとしても、蜘蛛はその日の行動を変える事はなかっただろうし、
後悔もしていないが。
ともかく蜘蛛は生き汚かったのだ。どんな手を使っても生き延びたかった。
「ぶえっ!」
だが、その命乞いのおかげか、
スライムは蜘蛛の息が持つ限界まで蜘蛛を窒息させた後、蜘蛛を解放した。
「ゲホ、ゴホッ、ど、どういうつもりや、あんた」
「どういうつもりって。もう私たちに手は出さないんでしょ。だったらもう戦う理由がないじゃん」
さっきまで殺し合いをしていたことが嘘みたいに呑気な笑顔でそのスライムは言った。
「・・・そんなんあんたよう・・・いや、そうやな。あんたはんのいうとおり、我の負けや」
まるで我がここで引くことも見透かされていたような気さえした。
本当に完敗やなと思う。
「じゃあルナの糸とってくれないかな。えっと名前なんていうの?」
「ああ、我は」
息もようやく整ってきて、立ち上がろうとした瞬間、
その時だった。
ガッツンとでかい衝撃を受けたのは。
視界の端で、セレーネの目が大きく見開かれるのが見えた。
だが、その視界はめまぐるしく変わる。
身体が吹き飛んでいたのだ。意識が飛びかける。
どうやら何者かに体当たりされたようだ。
命に響くダメージを喰らい、体が悲鳴を上げる。
少なくとも先程までスライムから受けてきた体当たりの三倍は威力はある。
いくら格上の魔獣を狩ってきたといっても蜘蛛の体の強度は最弱レベルだった。
不意打ちでそんな衝撃を受ければ、致命傷になることは明白だ。
「あぐっ!」
地面に強くぶつかり、その勢いで転がる。
体勢を立て直そうとするがうまく立ち上がれない。
足をみると、右前足二本はぐちゃぐちゃに折れているのが見ただけで分かる。
それに、おそらく体内の臓器のどれかも潰れただろう。
「グッアアァァアアアアアア!!」
大きな、しかし今にも息絶えそうな断末魔のような声で蜘蛛は叫んだ。
動けない。このままじゃ。死ぬ。
我は死ぬんか。こんなあっけなく。いやや。死にとうない、死にとうない。
心の中でその言葉だけが何度も反芻される。
走馬灯というやつだろうか。
蜘蛛の頭の中には自身が生まれた時の光景がいくつもフラッシュバックしていた。
タランチュラは親蜘蛛から何万と大量の卵を産み付けられる。
しかし、厳しい自然界の競争を成体になるまで生き残れるのは、1匹いるかいないかという世界だ。
それほどまでに、タランチュラという種族は弱い。
だが、その蜘蛛は他のタランチュラとは違い、何故か知恵と人間の言語能力を持って生まれた。
蜘蛛が自分は特別だと自覚するのに時間はかからなかった。そして、蜘蛛はこう考えた。
自分は特別なのだ。この知恵は我が蜘蛛の頂点に立つために天から授かったものに違いない。
だから、強くなって生き残る。その資格があるのは自分しかいないはずだ。
そして、いつの日か蜘蛛の王になってみせよう。
それはとてつもない修羅の道となるだろう。
だからこそ、蜘蛛は自身の名をこう名付けた。
真の修羅を歩く蜘蛛、
真蜘羅と。
グッとまだ動く足に力を入れ、突如現れた敵を見る。
そうや。思い出したわ。この前狩ったやつにこんなやつらがおったな。
たしか、コボルトとかいうCランクの魔獣の狼。
我より2ランク上の魔獣や。
復讐にでも来たんやろうか。けど、一度負かした魔獣なんぞに殺されてたまるか。
そうやって自分を鼓舞する。
我が立ち上がった様子をみて、コボルトがウオーーーー!、と吠えた。
すると、十匹ほどの狼が集まってくる。
「はぁ、はぁ、た、楽しそうやね。わ、我を後ろから突き飛ばした、くらいで、そんな嬉しいん?あいにくこんなん、痛くないねん。
我はいずれ最強になるん蜘蛛やぞ。お前らなんか返り討ちにしたる!」
息絶え絶えながらも、啖呵をきる。
それは、絶対に負けたくない蜘蛛の意地故の意思表示だった。
コボルトは真蜘羅の威嚇に一瞬怯むそぶりを見せたが、直ぐに3匹攻め込んできた。
身体は動きそうにない。が出糸器官はまだ動きそうや。
よかった。これでせめて戦って死ねる。自分の生き方を貫き通せる。
糸を出して、相手の体を絡めとろうとする。
だが、コボルトが攻めてくるスピードに、糸の生成が間に合わない。
ああ、ここまでやな。くそ。
凄んだところで、無駄だったらしい。情けない。蜘蛛の王になるはずだったのに、
こんなところで終わるなんて。自分の弱さを恨んだ。
そんなことをしても意味何てないことは分かっているのに、そう思わずにはいられなかった。
だが、その時だった。
「私のライバルに、手ぇ出すな!!」
丸く青い球体が突っ込んで来たコボルトに横から体当たりをぶちかましたのだった。
コボルトは衝撃で吹き飛ばされる。
「あ、あんたはん。なんで」
我を助けたのは我が狩ろうとしたちっぽけなスライムだったのだ。
驚愕でただ見上げるしかできない我をスライムは
じっと見て口を開いた。
読んでくださりありがとうございます。
なんか今回ポケ〇ンバトルみたいでしたね。
書いてて思いました。
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