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誘蛾灯の女~そのくちびるを見た者はことごとく魅了され、そして死ぬ  作者: メガネを取るとイケメン
第四章

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35. 陰謀の構図

 おあつらえ向きにも、画面には作業中のファイルが開きっぱなしになっていた。ここからたどれば計画書は容易に見つかるだろう。

 瑠香は関連するファイルを次々と開いていった。


(ゴルゴーン作戦?)

 彼女は自分がかかわった作戦の正式名称を、このとき初めて知った。


「へえ、この作戦の立案者はアレックス・コクランという人なの。たしか、わたしにメダルをくれた人だったわね」

「そ、そうだ、工作部の日本担当責任者だ。おまえの恩人じゃないか」

「あなたは嫌ってたみたいだけど……でも、この作戦の資金は本部から下りてないじゃない。スポンサーとして日本人の名前が並んでるわ」

「それは……」

「このリストに名前があるのは有名な企業経営者や政治家ばかりね」

「ああ、彼らは自由主義経済、小さな政府の信奉者として知られる有力者たちだ。規制緩和、構造改革を推進し、民間の自由競争を活性化させることによって経済成長をうながす。そのための、まあ、非公式のサークルのようなものだ。彼らは、近年台頭してきた高圧経済だの積極財政だのといった、耳ざわりのいい言葉でオブラートに包んだ社会主義思想の蔓延には頭を悩ませていた。特に、この状況を利用しようとたくらむ隠れ社会主義者のあぶり出しは急務だった」

「もっともらしい理屈をおっしゃってるけど、要は日本企業の下請けという事でしょ。天下のCIAが堕ちたものね。これじゃ中国に舐められるのも当然よ」

「仕方がなかったんだ。その中国の台頭によって対日工作の予算が削られている現状がある。日本支部は新たな資金源を確保する必要があったんだ」

「もういいわ、ゆっくり話を聞いている時間はないもの。用があるのは小田真一に関する部分だけなんだから」


 瑠香はふたたびパソコンの画面に目を落とした。お目当てのファイルはすぐに見つける事ができた。

 組織は真一の私生活からバイトのスケジュールまでくまなく調べ上げていた。

 彼はお盆が明けると、ふたたび清掃のアルバイトに復帰していた。今夜の予定は品川プリンホテルでのじゅうたん清掃だった。

 品プリなら任務で何度か行ったことがある。水族館の上に駐車場があり、その横に楕円筒型のホテルが立っているという不思議な作りだ。

 その8階にエージェントとサポーターがそれぞれ部屋を借りて待機する。

 バイト終わりを見計らってサポーターが真一を誘い出し、エージェントの元に連れてゆくという段取りだ。


「なるほど、真壁京四郎は最初から組織とグルだったわけね」

 真一を誘い出すおとり役を演じるのは甘いマスクの評論家だった。


「なんのために弟子を殺す手伝いなんかしたの? ひょっとして最初から殺すためにわざわざ弟子をあつめたわけ?」

「まあ……そういう事になる」

「つまり“研究会”というのは現状の自由主義経済体制に対して不満を抱く若者をあぶりだす装置だったということ?」

「少し違うな。いくら不満分子だからって、若者は社会に対して影響力はない」

「なるほど、メインのターゲットは若者じゃないわけね。若者のことを思って、彼らに協力してくれる人……彼らの主張に共鳴するような老人たち。社会的に影響力の強い人たち。たとえば原清三郎や鏡千代子といった政治家、高瀬和也といった有名デザイナー。高瀬はおそらく組織に資金提供を申し入れ、その見返りとして革命政権での地位を約束された……そう考えればつじつまが合う」

「真壁はよくやってくれた。彼はもともと我々が育てた人材だからな。もっとも、さっき言った“非公式サークル”の後押しがなければ、あそこまでメディア露出することは出来なかっただろうが」

「……そうしてあらかた老人たちを片付け終わってから、用済みになったメンバーの処分を始めた。メンバーの連続暗殺というのは、いうなればメインの仕事が終わった後の後片付けだったわけね」


 暗殺を決行するエージェントの名前は番号で書かれているので誰だかわからない。その数字を見ると、瑠香よりあとに雇われた人間のようだ。

 どうせ知り合いのエージェントなんて、死んでしまった俊夫アンドリュースしか知らないので、どんな名前であっても関係ないだろう。

 それにしても、真一の動向がお盆明けの時点で掴まれていたなると、やはり裏切ったのは桃園百合子らしい。

 彼女はことあるごとに瑠香に対する同情心を見せたり、組織への忠誠心を疑うような言動をしてきた。もちろん全面的に桃園を信用したわけではなかったが、他に頼れるものがいなかったのも事実だ。

 真一の救助を桃園に依頼したのは一種の賭けだった。どうやらそれは凶と出たらしい。


「ところで桃園さんて何者なの? ただの連絡員じゃなさそうね」

「彼女こそが黒幕だ。本部のアレックス・コクランを篭絡し、“非公式サークル”と我々を結び付けた張本人さ」

「つまりあの人は、もともと日本企業側の代理人だったわけね。そして組織は、補助金目当てで彼女の天下り(・・・)を受け入れた……」

「むしろ現状、日本支部は桃園に乗っ取られているといっても過言じゃない。それが外交官時代からの得意技だからな。だがな、その毒まんじゅうを食らわざるを得ないほど、我々は困窮していたんだ」


 いずれにせよ瑠香の腹は決まっていた。現場に乗り込んで、小田真一の暗殺を未然に阻止するのだ。


「それならこんな衣装は着ていられないわ。戦闘服に着替えなきゃ。あたしにとっての戦闘服は……」

「おい待て、また着替えるというのか? 頼むからもうやめてくれ」

 コロンボが哀れっぽい目で懇願する。


「なあ、せめてひとおもいに殺してくれないか、お願いだ」

「自殺なんかしちゃ駄目よ。神父が自殺したら大変でしょ?」

 そう言うと、瑠香は尻を突き出すようにして、ゆっくりとハーフパンツを脱ぎ始めた。

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