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誘蛾灯の女~そのくちびるを見た者はことごとく魅了され、そして死ぬ  作者: メガネを取るとイケメン
第三章

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27. 死にゆく者への祈り

「お次はこいつだ」

 俊夫はレンタル・クルーザーのパンフレットを開いてデスクをすべらせた。

 パンフはデスクに置かれた花瓶に当たって止まった。紙面には船上パーティーやバーベキューに特化した中型船舶の写真がずらりと並んでいる。


「おあつらえ向きのやつがあるんだ。これをチャーターしろ」

 ページの真ん中あたりに指を乗せた。彼が指定したのは最大定員二十六名の密閉型クルーザーである。


「分かりました」

 カタログ番号を頭に刻みながら瑠香が答えた。


「先にメンバーを五人削っておいたのはこのためなんだ。なにしろ最大定員が二十六名だからな。どうしたって三人は打ちもらす計算になる。しかしあらかじめ人数を削っておけばこいつが使える。つまり次で全員仕留める、という寸法だ」

「それで方法は?」

「前回のおまえの不手際を利用する。あの夜、部員の小田が途中で逃げてしまったお詫びに、幹事長のぼくが船上パーティーを主催して埋め合わせをする、というストーリーだ。まあ、いい口実ができたよ。おまえの違・反・行・為のおかげでな」

 俊夫の口調はいやみったらしく、ねずみをいたぶる猫を思わせた。


「だが調子に乗るなよ。これはあくまで結果論だからな。おまえが犯した職務放棄や作戦妨害が帳消しになるわけじゃないんだからな」

「はい」

「で、“研究会”の皆さんを乗せた船が沖に出ると、突然船底に穴があいて、息つく暇もなく沈没するというわけだ。なにしろ密閉型だ。鍵をかけてしまえば船室から出られない。ねずみの入った檻を水に沈める要領だ」


 口元に残忍な笑みが浮かぶ。その声はサディスティックな興奮に震えていた。

 俊夫は立ち上がって窓際に立った。すりガラスなので外は見えないが、作戦会議中なので窓を開けることはできない。


「さて、今回もまた直前に真壁を連れ出す必要がある。そこでもう一度小田くんの出番だ。前回と同様、彼には真壁を連れ出すエサになってもらう」

「また真一を利用するんですか?」

「なんだよ、文句あるのか? 自分がどういう立場か分かってんのか?」


 カッとなった俊夫はデスクにつめより、パンフレットを掴んで瑠香の顔面に叩き付けた。

 マスクがずれて唇が少しのぞいた。彼女は反射的に口元を押さえる。


「べつに慌てることはないだろ。この部屋にはほかに誰も(・・・・・)いないんだから(・・・・・・・)

 俊夫はいたずらっぽい笑みを浮かべると、次の瞬間、瑠香の耳元に顔を近づけた。


「そういえば気になることがあるんだ。おまえ、小田とやったのか?」

「どうして聞くですか?」

「ぼくは一応おまえの指導教官もかねてるからな。本多瑠香の特異体質は身をもって(・・・・・)経験している(・・・・・・)

 俊夫の手が伸びてマスクをはぎ取った。


「この唇を見たものは例外なく発情する。発情状態はおまえとやるまで解消されない。しかし一度やってしまうとおまえに全く興味を失う。ということは、だ。いつまでもおまえに興味を失わない小田は何なんだ? まだやってないとしか思えないじゃないか。それにしては発情してるように見えない」

 長い沈黙が続いた。やがて、


「彼は……と、特異体質なんです」

 瑠香は搾り出すように答えた。


「そういう関係になっても、その……影響がないというか、だ、大丈夫なんです」

 珍しく要領をえない返答である。簡潔に要点だけをはなす普段の彼女からは想像もつかない乱れ方だ。

 動揺する本多なんてはじめて見た。俊夫は軽い衝撃を受けた。

 この無感情女が、小田の事となると目の色を変えやがる。ということは、今の言葉に嘘はない。


「もういい、分かった……つまり、おまえとやっても興味を失わない体質というわけだ。何度も愛してくれる男というわけだ。そりゃ手放したくないよな。うしろの貞操を守りたい気持ちも分かる。でも残念でした」

 俊夫は携帯を取り出してメール受信欄を開いた。


「このとおり真壁はあいつにご執心でね、もう一度会わせろといってきかないんだよ」

 受信欄には真壁京四郎の名前がズラリと並んでいた。


「弟子が五人も死んだというのに」

「それはそれ、これはこれさ」

 俊夫はボーイソプラノの声で笑った。


「とにかく小田のほうはぼくが段取りをつける。本多はクルーザーのチャーターだ。期日までにちゃんと手配しとけよ」

 吐き捨てるようにいって、俊夫は教会の事務室を出た。

 隣接する礼拝堂では小太りの中年女性がキリスト像の前でひざまずいていた。


「ありがとうございます桃園さん、事務所を貸していただいて」

 俊夫は先ほどとは打って変わったにこやかな表情を見せる。


「お役に立ててなによりよ」

 桃園は立ち上がると、こちらも満面の笑みで答えた。


「でも、お礼は局長に言って頂戴。会議用に事務所を提供するというのは局長のアイディアだから。まあ、あいにく今は留守なんだけど」

「そうか、局長にあえないのは残念だなあ……ところで桃園さん」

「なあに?」

「スキューバ・ダイビングの講師を紹介してくれませんか? できれば組織内にそういう人がいてくれると助かるんですが」


 俊夫は上目遣いのはにかんだ表情でおねだりした。中年女性にはこれが効く。母性本能をくすぐるテクニックである。


「スキューバねえ……分かった、調べてみるわ」

「ありがとうございます。作戦成功を祈っていてくださいね」

「心配しなくても大丈夫よ。あなたのために毎日祈ってるから」

「それでこそぼくの大好きな桃園さんだ」

 彼はキザなジェスチャーで投げキッスをすると、軽やかな足取りで教会を出た。

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