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誘蛾灯の女~そのくちびるを見た者はことごとく魅了され、そして死ぬ  作者: メガネを取るとイケメン
第三章

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24. 爆弾魔の正体

 その少しまえ、最上階のレストランバーでは師匠の真壁と大学生が中座したあとも、五人の付き人の議論は盛り上がっていた。

 彼らにとって、師匠が誰かといなくなることは日常茶飯事のようだ。


「そういえばここ数日は連爆弾魔がマスコミをにぎわしてるな」

「三日前に交番が爆破され、そして昨日は駅のトイレが破壊されたんだよな」

「さいわい今のところ死傷者はでてないが、このまま続けば犠牲者が出そうだ」

「反体制のテロリストなら同士じゃないか。仲間に入れたいね」

「あははは、爆弾が作れるなら大歓迎だ」

「シッ! 部外者がいるんだぞ」


 その一言でみんなハッとした。アルコールのせいで口が軽くなりすぎたようだ。付き人たちはいっせいに部外者の様子をうかがった。

 ハーフめいた美青年はにこやかな笑みをくずさずにジョッキをあおっていた。


「おや、どうされました?」

「な、なんでもない」

「どうも今日はトイレが近いですねえ、また小便がしたくなりました……失礼」


 俊夫は五人に会釈すると洗練されたものごしで個室を後にした。

 しかしトイレには行かず、早足で通路を反対方向に歩く。そしてレジを素通りしてそのまま店外に出た。

 エレベーターホールわきの扉から非常階段に入った。すぐ下の踊り場まで下りると、腰をおろして壁にぴたりと背中をつける。

 ジャケットの内ポケットから黒い物体を取り出した。手にすっぽり収まるサイズの立方体だ。

 上部に埋め込まれた折りたたみアンテナを伸ばすと、むかしの携帯電話のような感じになった。しかし携帯電話と違うところは、スピーカーもキーもなく、真ん中にスイッチがひとつだけという点だ。

 突然、すぐ下の扉が開いた。若い男女が非常階段に飛び込んできたのだ。手をつないだ二人はあわてた様子で階段を下りていった。


(あれは本多瑠香と新入りの小田なんとかじゃないか)

 ちらりと見えた二人の様子から、俊夫は階下の部屋で何が起きたかを理解した。

 おそらく真壁へのいけにえに差し出された新入りを、見るに見かねた本多が持ち場を離れて救助したのだ。


(意外だな、あの無感情女にそんなしおらしい心があったとは)

 真壁がどうなったか気になるが、確かめている暇はない。さすがに手荒なまねはしていないだろう。

 俊夫は気持ちを切り替えてリモコン装置のスイッチを押した。

 ドーンという音が響き、ビル全体が激しく揺れた。個室のテーブルの下に仕込まれた爆弾が爆発したのだ。


 すべては周到に用意された計画だった。俊夫が“研究会”メンバーに近付くためには、まず主催者である真壁京四郎に近付く必要があった。そこで経済同好会というサークルをデッチ上げて彼に講演を依頼したのだ。

 真壁は講演会となると決まってメンバーを付き人代わりに連れて来る。そこで講演の打ち上げという名目で、一行を爆弾の仕掛けられた個室に誘導した。

 ただし真壁自身はターゲットに入ってないので途中で退席させる必要がある。その役は自分がやるつもりだったが、ここで誤算が生じた。

 彼が同性愛者だという情報は掴んでいたが、俊夫のような美青年タイプは好みじゃないらしかった。田舎のガチムチ系専門だったのだ。

 真壁を連れ出せなければ爆破スイッチを押すことはできない。あせる俊夫の前におあつらえ向きの道化師が現れた。

 それが真一である。さいわい真壁は彼を気に入ったようだ。そこで俊夫はこの間抜けをいけにえにすることにした。


 ただ、いきなり“研究会”の五人を手にかけるのはまずい。

 残りの“研究会”メンバーが警戒するだろうし、警察もメンバーをねらった犯行の線で捜査を始めるからだ。

 そこで俊夫は前もって連続爆破騒ぎを起こした。

 関係ない爆弾魔の犯行に五人は偶然巻き込まれた、というストーリーを設定したのだ。まさに「木を隠すには森の中」である。

 付き人たちも、まさか自分たちが話題にしてた爆弾魔の手で、自分たちが葬られるとは夢にも思っていなかっただろう。


「……残りは二十四人」

 陶酔したような表情でつぶやくと、俊夫は非常ベルが鳴りひびく中、逃げた二人を追って階段をかけ下りた。


       〇


 ホテルの前はひどい状態だった。

 吹き飛んだ窓ガラスが通行人に降り注ぎ、多数のけが人が発生していた。歩道には血だらけになった通行人のうめき声が響いていた。

 その前の道路では、瓦礫にボンネットを直撃されたクーペが車線をはみ出し、対向車と正面衝突を起こしていた。そのため交通が完全にまひして、救急車や消防車の到着を遅らせている。

 爆発音をきいて駆けつけた駅前交番の巡査は、どこから手をつけていいか分からず呆然と立ち尽くしていた。

 俊夫はホテルから逃げ出す人々の流れに乗って表に出た。

 目当ての二人はすぐに見つかった。逃げる人々が駆けつける野次馬の壁にはばまれて身動きが取れなくなっていたのだ。

 狭い歩道はすし詰めの状態となり、倒れたけが人が踏みつけられる有様だ。


「ちょっと待て、本多」

 俊夫はうしろから瑠香の襟首を掴んだ。


「無駄だよ。交通がまひしてるから、用意した逃走経路は使えない。道路がこんな状態になるとは想定外だったなあ。ちょっと火薬の量が多すぎたようだ」


 高田馬場駅のすぐそばに黒塗りのワンボックスが駐車してある。それを運転して俊夫を逃がすのが瑠香の役目だった。


「今なら車道を横切って向こう側に渡れる。現場が整理される前に、できるだけここから離れるんだ。分かったな、新米サポートさん」


 強めに瑠香の頭を引っぱたく。

 俊夫はガードレールを乗り越えて車道に出た。鈴なりになった車列のあいだを縫うようにして渡っていく。本多瑠香とお友達もちゃんとついてきている。

 反対側にも野次馬が並んでいたが、そこを強引に割って入った。とりあえす道なりに落合方面をめざす。

 ひたすら歩く三人のあいだで、重苦しい沈黙が続いた。


「えーと、小田くんだっけ」

 俊夫は無言で後をついてくる新入りに声をかけた。


「は、はい」

 おびえたようにこちらを見つめる。田舎者丸出しだ。こいつと瑠香との関係はさっきの救出劇でだいたい想像がつく。


「たしか中野に住んでるって言ってたね」

「はい」

「だったら落合から帰れるよね。終電はまだだろ?」

「そうですけど……」

「あと、今日見たことは誰にも口外しないこと。分かってると思うけど」

「……」


 新入りは黙ってうつむいていた。こいつが事件を口外することはないだろう。そんな事をすれば愛する瑠香も窮地におちいるからだ。


「それから本多」

 つぎは新米サポートに声をかけた。新人と新米の間抜けカップルだ。


「はい」

「おまえは落合のファミレスで明け方まで待機、それからワンボックスを回収な」

「……分かりました」


 こちらはあいかわらず表情が読めない。しかし内心は穏やかじゃないはずだ。なにしろ任務の途中で持ち場を放棄するという失態を犯したのだ。

 しかもその原因は男なのだ。それを知ってる俊夫は、いわば彼女の弱点を二つも握ったことになる。

 だが俊夫はそれを上に報告する気はなかった。報告すれば作戦が中止になりかねないからだ。違反行為だが、この件は握りつぶすつもりである。


「さてぼくはどうしようか。女のヤサにでも転がり込むかな。このへんに住んでる女といえば誰がいたっけ……」


 現在、瑠香がエージェントから外されているので、ランキングは繰上がって俊夫がナンバー3である。

 しかしこの二十九人連続暗殺に成功すればそれどころではない。一気にランキングのトップに躍り出るのだ。

 秘密を知ってしまった新入りは任務が完了したあとで殺せばいい。そうなると新米も黙ってないだろうからこいつも殺す。

 せめてもの慈悲に、二人一緒に殺してやろう。


(そうだ、ぼくがナンバー1になるんだ。そのためなら何でもやってやる)

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