22. 経済同好会
大講堂の裏口付近には十名ほどの女子学生がたむろしていた。
おそらく真壁京四郎のファンだろう。みな一様に顔を上気させ、手に花束や色紙を抱えている。いわゆる出待ちというやつだ。
ドアが開くと女子学生がいっせいにキャーキャーいいながら駆け寄った。
しかし中から出てきたのはむさくるしい男が数名。彼らは警備員よろしく女子学生たちを押さえこんでドア付近から引き離した。
続いて出てきたのは、すらりとした長身の美青年とマスクをした女のコンビだ。二人は開け放たれたドアに向かって深々とお辞儀をする。
そして最後にようやく出てきたのが本日の主役である真壁だった。
「我々のような者のイベントにご協力いただき、誠にありがどうございました」
美青年は涼しげな声で礼を述べる。
「大変有意義なお話でした。目からうろことはこのことです。先生の素晴らしい講演を聞いて、我々がいかに勉強不足だったかを痛感しました。今日から我々は全員先生の弟子です。先生の教えを胸に、今後も精進を重ねていきます」
文章にすると酷いおべっかだが、このハーフめいた青年の口から発するとそうは聞こえなかった。ごく自然に耳に入ってくるのだ。
「こちらこそ若い人の情熱は励みになります。若者の支持があるからこそ、今のぼくがあるわけですから。まあ世間的にはぼくも若造の部類に入るんだけど」
真壁はふふふと笑った。こちらも聞く者をうっとりさせる低音ボイスのもち主である。
「これはお車代です。どうかお納めください」
「うん」
美青年から真壁に分厚い封筒が手渡された。
「ところで……安藤くんだっけ?」
「はい」
安藤と呼ばれた美青年は直立不動になった。
「この辺に安心して飲める場所はありますか? うちにも若いやつがいてね」
真壁は女子学生をブロックしている警備員もどきを指差した。どうやら彼らは真壁が連れてきた付き人らしい。
「あいつらの労もねぎらってやろうと思いまして」
「ご安心ください。こういう事もあろうかと、ホテルのバーに個室を用意しておきました。行き先はハイヤーに告げてあります」
裏口前の通りには二台のハイヤーが止まっていた。
「ありがとう、気がきくね」
真壁は人垣の隙間から突き出された花束を受け取りながら、悠々とハイヤーに歩いていった。その図はアイドルタレントさながらである。
すると突然、植え込みの中から転がるように人影が飛び出した。上半身は小枝や葉っぱだらけ、ズボンは土だらけの男だ。
その場の全員が凍りついた。真壁までも口をぱっくり開けて闖入者を見つめる。
闖入者は周りを見回すと、マスクの女にふらふらと近付いた。
「る、瑠香……」
「帰ってといったはずよ」
瑠香は眉を寄せながらいった。
「何なんだきみは、場所もわきまえず……見たところ本多さんの知り合いか」
美青年はあわてて二人に割って入った。
「瑠香と同じクラスの小田真一といいます。どうしても話したいことがあって……ところであなたは?」
「経済同好会幹事長の安藤俊夫だ」
「ちょうどよかった、幹事長にお願いがあります」
真一はいきなり膝をつくと、俊夫に土下座をした。
「おれを経済同好会に入れてください! お願いします!」
「ちょ、止めたまえきみ! こんな所で……」
俊夫はしきりに後ろを気にしていた。真壁がまだそこにいて、こっちを眺めているのだ。
「先生が見てるんだ。そんなみっともないこと止めろよ」
真一の腕を掴んで強引に立たせようとする。
「いえ、止めません! うんと言うまでおれは動きません!」
「悪いけどこれ以上部員を増やすつもりはないんだ」
「お願いします! 今日の講演会には感動しました!」
「いいかげんにしろよ……」
「いいじゃないですか、入れてあげれば」
ニコニコと眺めていた真壁が、途方にくれている俊夫の肩をぽんと叩いた。
「若さゆえの情熱ですよ。ぼくは好きだなあ、そういうの」
「せ、先生……」
ここにいたって俊夫は、この土下座男を同好会に入れざるを得なくなった。真壁にそう言われてしまってはどうしようもない。
評論家は真一を立たせると、髪の毛についた葉っぱをやさしく払い落とした。
「ああ先生、お手が汚れます」
「安藤くん、今日はこの青年の入会祝いだ。一緒に連れていってもいいかな?」
「へっ?」
驚いて目を丸くする俊夫を尻目に、真壁は真一の肩を抱いてさっさとハイヤーのほうに歩いていく。
「ぼくはね、きみみたいな情熱的な若者が大好きなんだ」
「そんな、情熱的だなんて……って、あなた真壁京四郎じゃないですか!」
真一はここで初めて真壁の存在に気付いた。それくらい瑠香のことしか眼中になかったのだ。
少しでいいから話をしたかった。
サークル活動に身を入れるのはかまわない。ただ、それを秘密にして消えてしまった理由を知りたかった。自分に原因があるのならそう言ってほしい。
(そうだ、彼女は?)
瑠香のほうをみると、黙ってこちらを見ているだけだった。
「仕方がない、ぼくもお目付け役として同乗させてもらいますよ」
俊夫が二人の後についてきた。
(この人は瑠香が所属するサークルの幹事長……そういえばおれは、たったいま経済同好会に入ったんだ)
真一はいまさらながら自分のしたことに驚いた。
土下座する直前まで、同好会に入ろうなんてこれっぽっちも思ってなかったからだ。完全にとっさの思い付きだった。
評論家と幹事長に挟まれるようにして、真一はハイヤーに押し込められた。
「あのう、瑠香は……」
「本多さんは来ないよ。彼女には遠慮してもらった」
「そ、そんな」
窓外に目をやると、瑠香がまた講堂に入っていくのが見えた。これでは何のために同好会に入ったのか分からない。
「これから行くのは男だけの気楽な飲み会だ。そのつもりで気楽に参加してくれ。それに本多さんがいても、どうせ一言もしゃべらずに座ってるだけだろ?」
俊夫が念を押すように言った。
「思ったとおり、きみはいい体している。この辺なんかカチカチじゃないか」
真壁が体のあちこちを触りながらいった。これはどうも大変なことになってきた。




