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誘蛾灯の女~そのくちびるを見た者はことごとく魅了され、そして死ぬ  作者: メガネを取るとイケメン
第二章

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15. 過剰反応

 異変を感じた本多瑠香は、あわててシャワールームを飛び出し、脱衣場のドアを細めに開けた。

 その隙間から、死体に馬乗りになって首を絞める高瀬和也の姿が見えた。絞められているのは愛人の山岡絵里子らしい。

 ものに動じない瑠香も、このときばかりはパニック状態におちいってしまった。頭が空白になり、激しい動悸が胸を締め付ける。


(落ち着け……冷静になれ)

 彼女は深呼吸しながら手早くスーツを身に着けた。


 ドアに鍵がついてないので、とっさにドアノブと洗面台の蛇口をバスタオルで結び付けた。鍵の代わりとしては心細いが、多少の時間稼ぎにはなるだろう。

 台湾にいるはずの山岡がなぜここにいるのかは分からないが、とにかく不測の事態が起きたことは間違いない。さらに、鉢合わせした高瀬が彼女を殺してしまうなど、予想だにしなかったことだ。

 彼は性衝動が高まるあまり、殺人を犯すほど狂ってしまった。日にちをおいた場合ならいざ知らず、これだけの短時間でそこまでいってしまうケースは初めてだ。


(おそらくこれは過剰反応だ)

 瑠香は父から聞いた理論を思い出した。


 唇の誘引効果に対する反応にも個人差があり、敏感なタイプから鈍感なタイプまでさまざまな段階があるという。

 そして小田真一のように性衝動の高まらないタイプがいるとすれば、逆に誘引力に対して過剰に反応してしまうケースもありうる。

 つまり高瀬和也は唇に過剰反応してしまうタイプだったのだ。

 携帯をチェックすると、安田からの着信が入っていた。おそらく表を見張っていた安田が山岡の帰宅に気付き、そのことを警告しようとしたのだろう。

 間の悪いことに、ちょうどシャワーの最中だったので気が付かなかった。

 急いで安田に電話を入れる。


「おい、どうして電話に出ないんだ。そっちの状況はどうなっている?」

「すいません、シャワーを浴びていて……」

 瑠香は現在の状況をかいつまんで説明した。


「面倒なことになったな。さっさと始末して出てくることはできないのか?」

「できなくはないですが、高瀬の行動は予測不可能です。わたしも無事ではすまないかも知れません。それに、わたしは心臓発作に見せかける殺し方しかできません。絞殺死体の横に自然死の死体を転がすことが妥当かどうか……」

「クソッ、てめえ、こんなときでも冷静なんだな」


 安田の発言に瑠香は驚いた。すこしは落ち着いてきたが、依然としてパニック状態は続いている。自分では冷静に発言しているつもりなど全くないのだ。


「まあいい、桃園さんに連絡するから、おまえは適当に時間を稼いでおけ」

 電話が切れると同時に、ドアノブがガチャガチャと鳴った。


「開けてくれないか? ちょっと問題が起きてしまったんだ」

 高瀬の声が聞こえてきた。

 妙に抑揚のない間伸びした口調である。感覚がおかしくなっているのか、あるいは冷静を装っているのか、ちょっと判断がつかない。

 適当に時間を稼げといわれたものの、瑠香はどうしていいか分からず、凍りついたように黙って立ち尽くした。

 ドアノブはさらに激しくガチャガチャと動いた。


「おかしいぞ、ここに鍵なんてついてないはずだ。おい、中で何やってんだ?」

「すいません、いま着替えているので」

「急にいまから海外に行くことになったんだ。君も一緒に連れて行ってあげるよ」

「どういうことですか?」

「僕のことは知ってるよね? 君ひとり一生養えるぐらいの金は持ってるからさ、仕事なんかやめて僕と一緒に暮らしてほしいんだ」


 高瀬はおそらく海外に逃亡するつもりなのだろう。瑠香も一緒に連れて行くつもりだ。


「いまからですか?」

「うん、海外に引っ越すんだ。東南アジアで別荘を買って、しばらくのんびり過ごそうと思ってさ」

「でもわたし、パスポートを持ってないから」

「そんなの、金さえ積めば何とでもなるんだよ。それに一生そこで暮らすわけじゃない。あと一年もすれば日本に革命が起きて、僕は新政府の要職に就くことになってるから」

 言ってることがおかしい。やはり彼は頭が狂ってしまったようだ。


「分かりました。でも、その話はいったん置いといて、すこし落ち着きましょう」

「うるさいんだよ! ゴチャゴチャ言ってないで、さっさとやらせろ! このアマ!」


 急に高瀬は豹変して、力任せにドアをぐいぐい引っぱった。年齢のわりに力がある。結んであったバスタオルがだんだん伸びて、ドアに五センチほどの隙間ができた。


「なんだこりゃ、僕を中に入れない気か」

 隙間をのぞき込んだ高瀬はドアに結び付けてあるバスタオルに気付いた。


「畜生、やらせろよ、畜生!」

 彼は壁に足をかけ、ドアノブをつかんだまま思いきりのけぞった。

 バスタオルに切れ目が入り、じょじょに破れてゆく。ドアの隙間が十センチ、十五センチと広がってゆく。

 高瀬が入ってきたら何をされるか分からない。瑠香はあわててハンドバッグをかき回した。中に何か武器になるようなものはないか探してみる。


(あった!)

 バッグの中に小型のスタンガンを見つけた。おそらく桃園が用心のために入れてくれたのだろう。それなら威力は十分のはずだ。

 バスタオルがちぎれて勢いよくドアが開いた。だが高瀬もそれに引っぱられて廊下の壁に背中を打ちつけた。その拍子に足がもつれて尻餅をつく。

 チャンスだ!

 瑠香はこの機を逃さず、脱衣場から飛び出してスタンガンを高瀬の首筋に当てた。

 スイッチを押すと、タタタタ……という作動音がして彼の頭がガックリとうなだれた。

 それっきり高瀬は動かなかった。手首を取って脈をはかると、弱々しいがしっかり心臓は動いている。上手く気絶させることができたようだ。

 洗面台においてあった瑠香の携帯が鳴った。安田からである。


「もしもし」

「桃園さんと連絡がついたから、いまからそっちに向かう。状況はどうなってる?」

「スタンガンを使って高瀬を気絶させました」

「よし」

 安田のそっけない返事で電話が切れた。

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