14. 予期せぬ訪問者
高瀬和也は困惑した。自宅のガレージ前に髪の長い女が倒れているのだ。
すこしはなれた場所にスーツの上着が落ちている。雨にぬれたシャツとスカートは肌にぴったり張り付いてボディラインを浮き彫りにしていた。すそがめくれているので、すらりとした足がむき出しになっている。
これでは愛車をガレージに入れることができない。
すこし迷った末、高瀬は車を降りて女の様子を見ることにした。これが男なら、その場で警察を呼ぶところだが。
小雨がパラパラと降っているていどなので傘は車内に置いた。
高瀬は女のそばにしゃがんだ。うつ伏せなので顔は分からないが、かすかな息遣いが聞こえる。
どうやら死んでいるわけではないようだ。アルコールの匂いがあたりに漂っているから、おおかた泥酔したあげく、帰宅途中で気を失ったのだろう。
高瀬はむき出しの太ももをチラリと見た。その生足を見ただけで若い女だということが分かる。肌の色艶から見て、二十歳前後といったところだ。
「もしもし」
声をかけてみたが反応はない。肩をゆすってみる。
「もしもし」
「うう……うう」
女がうめき声を上げた。意識を回復したらしい。
「お嬢さん、こんなところで倒れられては困ります」
高瀬は女の体を抱え起こそうとして固まってしまった。その顔を見た途端、彼の背中に電流が走った。
人形のように完璧な顔立ちだった。あまりにも人形的すぎてとても生きているとは思えない。しかし唇だけは毒々しいまでの生命力を発散している。この奇妙にアンバランスな印象が不思議な魅力となって高瀬の心を刺激した。
女の目がゆっくり開いた。まるで洞穴のように空虚な目だった。
「すいません、急に気分が悪くなって……」
「どうです、歩けそうですか?」
「もう少し……このままで」
シャツのボタンが三つも外れている。高瀬の目はボリュームのある胸の谷間に釘付けになった。駄目だと思っても、目を離すことができない。
下腹部がどんどん熱くなってきて、頭がしびれてきた。
愛人の山岡絵里子の顔が浮かんだ。彼女は予告なしにたずねて来るくせがある。いや、そういえば新作小説の取材旅行で、いまは台湾に行っているはずだ。たしか帰国は明日の予定と聞いている。
「ちょっと冷え込んできたし、うちで休んでいきませんか?」
「そうしてもらえると助かります」
女はホッとしたように目を閉じると、ニッコリ微笑んだ。
〇
高瀬は冷蔵庫を開けて缶ビールを取り出した。プルタブをあけると、一気に半分ちかく飲み干す。頭の中ではあの女の顔がぐるぐるまわっていた。
美人の顔ならくさるほど見てきた。モデルとは日常的に接してるし、ワイドショーに出ている関係で、タレントや女優にも数多く会ってきた。
ところが彼女の印象はそれらの美人たちをすべて吹き飛ばすほど強烈だった。
今までは仕事がら、逆に付き合う女性には外見の美しさを求めなかった。実際、愛人の山岡絵里子はルックスよりもその知性にひかれた部分が大きい。
ところがあの女の顔を見た途端、まさにその顔の魅力が高瀬の心をとらえてしまった。運命的な出会いとすら感じられた。
彼女はバスルームでシャワーを使っている。
高瀬は缶ビールを片手にバスルームの前に立った。分厚いドア越しにシャワーの音が聞こえる。このドアのむこうに脱衣場があり、その奥が浴場になっている。
スカートからはみ出した生足、豊満な胸の谷間、雨に濡れて浮かび上がるボディライン。それらの断片的なイメージが彼の中で統合されて、いまやあの女の裸体を容易に目の前に浮かべることができた。まるで浴場を透視しているようだ。
下腹部はすでにパンパンに膨れ上がって、今にも爆発しそうである。性衝動の高まりはとどまるところを知らない。
彼の興奮は極致に達しようとしていた。すぐにドアを開けてバスルームに飛び込みたいという衝動を抑えることができない。
高瀬はビールをごくごくと飲んだ。もう我慢できない。このビールを飲み干したらすぐに飛び込んでやる……飲み干したらすぐに……すぐに……
そのとき玄関のチャイムがなった。
続いて応答を待たずに玄関のドアが開き、山岡絵里子の騒がしい声が聞こえてきた。
「あははは、和ちゃーん、驚いた? 一日早く帰ってきちゃった!」
その無神経な声が高瀬の神経に突き刺さった。
互いの異性関係に口出ししないといっておきながら、無断で家に入ってくる。彼女はこういう陰険な方法で浮気チェックをするのだ。
物分りのいいふりをして、内心は嫉妬の嵐が吹き荒れているのだ。
(くそっ、ひどいやつだ。最低の女だ)
あの女との情事はこれでぶち壊しになった。行きずりの女なので、このチャンスを逃すと永遠にお預けを食うことになる。
(お預けだと? そんなのは、いやだ!)
高瀬の内部から急激に怒りの感情がわきあがった。その感情はどんどん膨れ上がっていき、制御不能の状態にまでなってしまった。
「和ちゃーん、見慣れないハイヒールがあるけど、誰のかなー?」
山岡絵里子が満面の笑みをたたえながら廊下に顔を出した。はやくも浮気の最中であることを見抜いたようだ。顔は笑っているが、目は笑っていない。
「誰かシャワーを浴びている人がいるようね」
浴室のドアの前に立ち尽くす高瀬を見て、彼女はホッとした表情になった。高瀬の服装から見ても、まだ事におよぶ前なのは明らかだ。
「お土産にパイナップルケーキを買ってきたから、お客様と一緒に召し上がらない?」
勝ち誇ったような絵里子の言葉に、高瀬の怒りは頂点に達した。彼は両手で絵里子の首をつかむと、渾身の力をこめて締め上げた。
(邪魔しやがって! クソ女が! 死ね! 死んじまえ!)
絵里子の手が高瀬の腕をつかむ。凄い力だ。爪が腕に食い込んで血が吹き出した。それでも高瀬は首を絞め続けた。
絵里子の足がムチャクチャな動きで暴れだした。高瀬の膝や廊下の壁をけりまくる。
その足が彼の股間にヒットした。さすがに痛みで息が詰まる。
(まだ抵抗するか! クソババア!)
高瀬は目の前の壁に絵里子の後頭部を何度もくりかえし打ち付けた。
仕上げに全体重を乗せて、思いっきり廊下の床に叩きつけた。頭蓋骨が割れ、血と脳漿の混じった液体がじわじわと床に広がってゆく。
絵里子の全身が小刻みに痙攣しはじめた。彼女は白目をむき、鼻から赤黒い液体が出てきた。それでも高瀬は彼女に馬乗りになりながら首を絞め続けた。




