第76話 循環する黄金と、産業の輪
ギィ……ギィ……ギィ……。
木と金属が軋む重い音が、工房の片隅に響いていた。
大きな木のフレームに太い金属のねじが組み込まれた装置の前で、作業員が汗だくになりながらテコを回している。
「……これ、一日にどれくらい搾れる?」
「頑張ってこれくらいですな。力いっぱい締め込んでも、種の中にまだまだ油が残ってしまいます」
額の汗を拭う職人の言葉に、カイルはうーむと唸った。
「なるほど。人力だと締め上げるのに限界があるし、搾りかすにも油分が残ったまま捨てられているわけか。……ところでフィン、この場所は?」
「はい。現在の搾油所です。知識の共有と安全管理のため案内しました。……そして師匠には、まだ見せていません」
「……どうして?」
「見せたら改造するので」
フィンの身も蓋もない即答に僕が苦笑した、その瞬間。
「面白そうな機械があるじゃねえか!!」
背後から扉が勢いよく吹き飛びそうな勢いで開いた。
「……遅かった」
フィンが静かに天を仰ぐ。
案の定、腕まくりをしたクロウがギラギラした目で飛び出してきた。その手には、巨大な鉄製のテコと、怪しげな魔力増幅リングが握られている。
「なんだなんだ! カイル様! 油の搾り出しなら、この天才クロウ様に任せておけ!! 要するにだ! このねじをッ! 俺の作った高圧力魔導ギアでッ! 従来の十倍の力でギチギチギチッと圧搾すれば一滴残らず搾り取れるって寸法だろ!?」
「師匠。壊さないでください」
フィンが即座に割り込み、冷ややかに制圧する。
「圧力をかけすぎれば木枠が弾け飛びますし、摩擦熱で油が焦げて味が落ちます。最悪、油蒸気に引火しますよ」
「頼むから今回は爆発させないでくれよ、クロウ……!」
「なっ、二人とも失礼な! 俺だって計算くらい……あ、いや、ちょっと熱計算は省いたけど……」
クロウが口を尖らせて縮こまる。
カイルは苦笑しながら、搾油機の横に積まれた
「油粕」の塊を手に取った。
「クロウ、爆発はナシだ。でも、君の知恵は借りたい。無理に一撃で潰すんじゃなく、『適度な熱と一定の圧力』をかけ続ける仕組みを作れないかい? それと……この搾りかすだ」
「かす?」
「そう。油を搾った後のこのカス、肥料として畑へ戻せる。それに、成分を確かめて問題がなければ、ギヤの飼料に混ぜられるかもしれない」
クロウとフィンの目が、同時に丸くなった。
「油を取って終わりじゃない……? 農業に還元できるのか!?」
「はい。これなら、油菜を育てるために畑の一部を使っても、巡り巡って全体の収穫量を底上げできます!」
フィンの目が輝く。
油菜から搾った油が、食用と機械の潤滑油になり、その搾りかすが再び畑や牧場を潤す。
誰かが魔法で解決したのではない。
領民の「食べたい」「便利にしたい」「機械を長持ちさせたい」という営みが、互いの背中を押し合いながら、巨大なひとつの『産業の輪』となって回り始めている。
「よし! クロウ、フィン! 安全で効率的な『ノルデン式二段圧搾機』の開発に取りかかってくれ! 爆発させずに、ね!」
「よっしゃあ! 圧力三倍、いや五倍——」
「師匠」
「……三倍」
「師匠」
「じゃあ二倍!」
「まず計算してください」
「お前は俺の母親か!?」
頭を抱えるクロウだったが、すぐにふんと鼻を鳴らしてフィンを見た。
「……でもまあ、熱制御はお前の方が細かいからな。そこは任せる」
「はい」
「俺は圧搾機構をやる!」
「安全弁はこちらで付けます」
「信用ねえな!?」
文句を言いながらも、お互いの得意分野を認め合って図面を広げる師弟の姿。
その光景に、カイルは自然と目を細めた。
◇
数日後。
改良された圧搾機から、黄金色の油が細い筋となって流れ落ちた。
「おお……!」
受け皿へ、ぽたり、ぽたり。
その一滴は、明日のあげパンを揚げる。
別の一滴は、農具の軸を滑らかにする。
残った油粕は、やがて畑へ戻っていく。
作物が機械を動かし、機械が農業を助け、残ったものが再び土を育てる。
(……面白いな)
僕は流れ落ちる油を眺めながら、思わず笑った。
ノルデンでは今、僕が命令しなくても、ひとつの産業が別の産業と繋がり始めている。
「フィン」
「はい?」
「この油、大事に使おう」
「もちろんです」
その横でクロウが胸を張った。
「よし! じゃあ次はこの圧搾機を十倍の速度で——」
「師匠」
「…………五倍」
「師匠」
「分かったよ!!」
黄金色の油が、今日も静かに流れていた。




