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スキル『魔石生成』で追放された僕、国から役に立たないと切り捨てられた辺境で「あんぱん」を作ります ~貧困領地が大発展していくまで~  作者: きいろい なつ
カイル(是清)の真価

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第71話 そして、実りの秋へ


 特別査察官ヴェルナーがノルデンを発ってから、およそ三週間が過ぎた。

 査察そのものは終わった。帳簿も、納税記録も、引換券の管理状況も、すべて確認された。

 けれど、王都から正式な通達が届くまでは、領外への搬出制限は解除されない。

 市場には今日も人々の声が響き、引換券が行き交っている。

 それでも、僕は毎朝、領主館に残された銀貨の枚数を確かめずにはいられなかった。

 そんなある日。


「カイル様! カイル様ー!!」


 執務室の扉が、勢いよく開いた。


「……セムラ?」


 普段なら必ず一度はノックをする老執事セムラが、珍しく肩で息をしている。


「王都から……王都の財務院から、正式な通達が届きました!」


「…………」


 書類を繰っていた手が、ぴたりと止まった。


(きたか……ようやく)


 机の上には、引換券の発行記録と、領主館に残された現銀の残高。

 交換窓口に並ぶ人の姿は、もうほとんどない。

 市場では今日もあの紙切れが行き交い、領内の経済はなんとか回っている。

 けれど——これがいつまでも引き延ばせる時間稼ぎでないことくらい、僕が一番よく分かっていた。


「……見せて」


 差し出された封書を受け取る。

 羊皮紙に押された、王立財務院の重々しい蝋封。

 それを目にした瞬間、手に汗がにじんだ。

 ナイフで封を切り、一気に目を走らせた。


『ノルデン領に対する特別財務査察について、重大な法令違反および不正取引は認められず——』


 息を詰めて、さらに読み進める。

 心臓の音がうるさい。


『本通達をもって査察を終了し、ルージュ豆、麦、その他指定品目に対する領外搬出制限を解除する』


「…………」


「カイル様……?」


 何も答えられなかった。

 同じ一文を、二度、三度と視線で往復する。

 ……間違いない。文章はそこで終わっている。


「……終わった」


 ぽつりと、掠れた声がこぼれた。


「え?」


「終わったんだ……査察が……!」


 その瞬間。


「……はぁぁぁぁ…………っ」


 体中の酸素をすべて吐き出すような深いため息とともに、僕はそのまま机の上に突っ伏した。


「カ、カイル様!?」


「大丈夫……。ちょっと……脱力しただけだから……」


 自分でも驚くほど、全身が鉛のように重かった。

 ガルシアに不当な増額税を突きつけられてから今日まで、僕の神経は一秒たりとも休まることがなかったのだ。

 いつ、給料が払えなくなるか。

 いつ、領民が引換券を「ただの紙くず」だと見捨てるか。

 いつ、取り付け騒ぎが起きて領主館の金庫が空っぽになるか。

 表では余裕を装って笑っていた。

「大丈夫だ」と、何度も全員に言い続けてきた。

 けれど——本当に大丈夫だと確信できた日なんて、一日だってありはしなかった。


(いよいよとなったら……)


 机に額を押しつけたまま、僕はそっと自分の右手を見つめた。


(いよいよ駄目になったら……この【魔石生成】を使うつもりだった)


 「市場混乱」の罪で僕自身が王都に引き立てられようが——領民に飢えの犠牲が出るくらいなら、その覚悟すらしていたのだ。

 だが、僕はその「禁手」を使わずに済んだ。


「……よかった」


 掠れた声で、もう一度呟く。


「本当に……よかった……っ」


「カイル様!」


 今度は、別の慌ただしい足音が廊下から響いてきた。


「リーザ様! こっちだ、こっち!」


「ジーク! そんなに急がなくても……!」


 聞き慣れた二人の声が近づいてくる。

 次の瞬間、勢いよく扉が開いた。


「カイル様!」


「リーザ! それに、ジークも!」


 どうやらジークが、知らせを聞いてリーザを呼んできてくれたらしい。

 息を乱したリーザが僕のそばへ駆け寄り、机に突っ伏したままの顔を覗き込んできた。


「査察が……終わったというのは、本当ですの!?」


「……うん」


 僕は重い体を起こし、ようやく顔を上げた。

「領外への搬出制限も解除された。……これでまた、外の町と商売ができる」


「……っ!」


 リーザが胸元でぎゅっと両手を握りしめる。


「よかった……っ! 本当によかったです、カイル様……!」


「ちょ、ちょっと待てよ!」


 そこで、ジークが僕たちの会話に割って入った。


「つまり……また前みたいにできるんだな!? 商売が!」


「うん。ルージュ豆も麦も、また領外へ出荷できるよ」


「……マジかよ」


 ジークはぽかんと口を開けた。

 そして、次の瞬間。


「っしゃああああっ!!」


「うわっ!?」


 突然の大声に、思わず肩が跳ねる。


「やった……! 本当にすげえよ、カイルは!」


「いや、僕だけじゃ——」


「だってよ!」


 ジークは興奮したまま、窓の外を指さした。


「あの畑の作物、もうすぐ収穫だろ!? これで全部、ちゃんと売りに行けるんだよな!」


「……うん。もちろん、領内で必要な分は残すけどね」


「そりゃそうだけどよ! でも、もう売れないからって心配しなくていいんだろ!?」


 僕が頷くと、ジークは嬉しそうに拳を握った。


「すげえな……本当に」


 その声が、ふっと小さくなる。


「……俺さ。数年前は、こんな街に未来なんてねえと思ってたんだ」


「……ジーク?」


「剣一本あれば、外でいくらでもやっていけるって。こんな貧乏な街、さっさと出て行ってやるってさ」


 ジークは少し照れくさそうに鼻の頭をかいた。


「でも、帰ってきたら、街はすっかり変わってて……今度は王都から商売を止められても、みんなで踏ん張ってさ」


 そして、僕をまっすぐ見た。


「……俺、この街に帰ってきてよかったよ」


「…………」


「だからさ、カイル。本当にありがとな!」


 胸の奥が、じんわりと温かくなった。

 けれど、僕が何か答えるよりも早く、ジークはいつもの調子でにかっと笑った。


「よーし! こうしちゃいられねえ! みんなにも知らせてくる! ついでにローグの野郎にもよ!」


「えっ、ジーク!?」


「こんなめでたい話、黙ってられるかよ!」


 そう言い残して、ジークは廊下へ飛び出していった。

 遠ざかる足音を聞きながら、僕は思わず笑ってしまった。


「……相変わらずだね」


「ふふっ。ですが、ジークの気持ちも分かりますわ」


 リーザが胸元で握りしめていた手を、ようやく解いた。

 安堵に顔をほころばせる彼女を見た途端、腹の底から熱い実感がこみ上げてきた。

 耐えきったのだ。

 誰の給料を踏み倒すこともなく。

 誰かの暮らしを犠牲にすることもなく。

 ノルデンは、僕たちがここまで泥にまみれて作ってきた仕組みと信用だけで、あのガルシアの圧迫を跳ね返したのだ。


「……リーザ。僕……一人じゃなかったんだな」


「……今さらですの?」


「あはは……そうだね」


 リーザが呆れたように、けれど目元を潤ませて嬉しそうに笑う。

 僕もつられて、へらりと笑ってしまった。

 ふと、散らかった机の上に視線を落とす。

 一本の木製ペン。リーザが誕生日に贈ってくれたものだ。

 その下に敷かれた、クロウたちが苦心して漉き上げた「ノルデン紙」。

 そして、その上にぽつんと置かれた一枚の「引換券」。

 どれも、一年前のノルデンには影も形もなかったものばかりだ。

 いや——無かったのは、目に見える物だけじゃない。

 寒さに震えず働ける場所。

 そこで生まれた品物を売り買いする商人たち。

 そして何より——「領主の言葉」を信じて、ただの紙切れを受け取ってくれた人々。

 一つずつ積み上げてきた。

 だからこそ今回は、あの財務院の嵐に耐え抜くことができたのだ。


「ノルデンが……強くなったんだ」


 僕は、そう呟いた。

 リーザは一瞬だけ目を丸くし、それから、愛おしさを隠しもせずに優しく目を細めた。


「……はい」


 窓の外から、涼やかな風が吹き込んできた。

 机の上のノルデン紙が、かさりと小さな音を立てる。

 顔を上げれば、澄み渡った秋空がどこまでも広がっていた。

 あの畑では、今もベルクたちが汗を流しているのだろう。

 春に種を蒔き、夏の暑さを越え、何度も土に触れて育ててきた作物たち。

 その実りを、ようやく領外へ届けられる。


「……忙しくなるね、リーザ」


「ふふっ。今までも十分にお忙しかったではありませんか」


「それもそうか」


 二人で顔を見合わせ、笑った。

 もう、何かを諦めるために頭を悩ませなくていい。

 これからは、どうやって届けようか。どうやって売ろうか。そして、得られたお金で、次は何を始めようか。

 考えることは、山ほどある。

 けれど、不思議と嫌ではなかった。

 窓の向こうで、風が黄金色に染まり始めた畑を揺らしていた。

 ——秋の本格的な収穫は、もう目前だった。


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― 新着の感想 ―
 とりあえずガルシアからの嫌がらせ(というには、ひどい話ですが)もひと段落、というところでしょうか。  まぁ、最終手段である”魔石生成”を使わずに済んでよかった、よかった。  ”金の卵を産むガチョウ”…
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