第63話 ガルシアの企み
同じ頃——王都。
内務省の執務室で、ガルシアは一人、窓の外を眺めていた。
眼下には、夜になっても消えることのない王都の灯りが広がっている。
(……今頃、届いた頃か)
机の上には、一枚の書類。
ノルデン領に対する特別税制措置の終了。
復興を理由に免除されていた税を、本来の額へ戻す。
それだけなら、何もおかしなところはない。
領地が復興した。ならば、正規の税を納めてもらう。
ただ、それだけのことだ。
(まずは、正式に税を徴収する)
ノルデンは払うだろう。
あの少年なら、必ず払う。
ガルシアには確信があった。
規則そのものに逆らえば、自ら王都に口実を与えることになる。それが分からないほど、あの少年は愚かではない。
(そして、その後は——)
眼鏡の奥で、薄紫の瞳が細くなる。
「……ふ」
小さく笑みが漏れた。
いけない。ガルシアは口元へ手を添えた。
そのときだった。
「失礼いたします、ガルシア殿」
「……入りたまえ」
扉が開き、ヴェルナーが姿を現した。
ガルシアは何事もなかったかのように表情を戻す。
「ヴェルナーか。どうした、こんな時間に」
「……ノルデン領の査察について、お伺いしたいことがございます」
「査察?」
「はい」
ヴェルナーは手にしていた書類を机の上に置いた。
「こちらには開始日は記されています。ですが——終了の条件が、どこにも記されておりません」
「…………」
「通常の査察であれば、確認項目と終了手続きが定められているはずです。ですが、これでは……」
ヴェルナーは一瞬、言葉を選んだ。
「ノルデン側に問題がなくとも、こちらの判断次第で、いつまでも領外搬出を止められる内容になっています」
「それがどうした」
「……ガルシア殿」
ヴェルナーの瞳が、まっすぐにガルシアを捉えた。
「これは本当に、財務上必要な査察なのでしょうか」
沈黙が落ちる。
ガルシアはゆっくりと椅子から立ち上がった。
「ヴェルナー」
「はい」
「君は、ずいぶんとノルデンを気にかけるようになったのだな」
「……っ」
「前回の監査で、何か思うところでもあったか?」
「私はただ、財務官として——」
「ならば、それでいい」
ガルシアは机上の査察命令書に手を置いた。
「これは正式な手続きを経て発せられた命令だ」
眼鏡の奥から、冷たい視線を向ける。
「……個人的な私情によるものではない」
「…………っ」
ヴェルナーの唇がわずかに動いた。
だが、それ以上の言葉は飲み込んだ。
「……失礼いたしました」
深く一礼し、ヴェルナーは静かに部屋を出ていった。
扉が閉まり、再び一人になる。
ガルシアは窓辺へ戻り、遠く離れた西の方角へ目を向けた。
(……私情、か)
その言葉を、胸の内でもう一度繰り返す。
ふと、一つの考えが頭をよぎった。
ノルデンで行われている施策を、王都にも取り入れてみてはどうか。
ルージュ豆の栽培。新たな加工品。職を失った者と人手を求める者を結びつける仕組み。
使えるものだけを選び、王都の制度に合わせて組み直せば——。
「…………」
そこまで考えて、ガルシアは深く眉を寄せた。
馬鹿馬鹿しい。
王都とノルデンでは、人口も、産業も、抱えている問題も違いすぎる。
辺境の小さな領地で成功した施策が、そのまま王都で通用するはずもない。
それに——。
(この私が……あの少年の真似をするだと?)
胸の奥に、不快なものが込み上げた。
自分が中央から遠ざけた人間。
その少年のやり方を、この自分が学ぶ?
(……あり得ない)
ガルシアは、その考えを頭の中から追い払った。
そして——。
「……ふ」
また、口元に小さな笑みが浮かんだ。




