第62話 王都からの通知
「なるほど……ね」
すでに封の割られた手紙を執務机の上に広げ、カイルは両肘をついた。組んだ手の上に顎を乗せ、じっと紙面を見つめる。
「宛名は王都の——財務院、でございますな」
セムラが、痛む胃を押さえるように抑調の低い声で告げた。
「実質的な差出人は分かっている。……ガルシアだ」
カイルは呟き、冷めた目で文字を追っていく。読み進めるにつれ、その瞳から温度が失われていった。
「おいおい……なに難しそうな顔してんだよ」
壁に寄りかかっていたジークがたまらず歩み寄り、机の上の書類を横から覗き込んできた。
「俺にも見せろ……あ? なんだこれ。『過日の監査報告に基づき、ノルデン領の財政改善を確認したため——』」
「つまりね」
カイルが静かに補足する。
「『収益が増えたようだから、本来適用されていた特別減税措置を今期で打ち切る。規定通りの金を納めるように』……だってさ」
「……は?」
ジークの喉から、低く濁った声が漏れた。
「減税を……なくす……?」
「うん。ノルデンの税率を、王都や他の裕福な領地と同じ水準に戻すってことだ」
「……ふざけんなよ」
ジークの手にぐっと力が入り、上質の紙がメキメキと音を立てる。
「親父から聞いたぜ? ノルデンが飢饉と病気で潰れかけた時、国は何をした? 『自立の見込みなし』って見捨てて、支援を打ち切ったんだろ!? こっちが血吐く思いで復興させて、やっと人が戻ってきたと思ったら……今更横から集金しに来るのかよ!?」
クシャッ!!
ジークは激昂のまま、王都からの公式文書を握り潰した。
「ふざけんな……ふざけんなよ!! なんで自分たちが何もしてねぇ奴らに、親父たちの汗と涙を差し出さなきゃいけねぇんだ!!」
「ジーク、手紙をくしゃくしゃにしないでくれ。あとでセムラがアイロンをかけるのが大変だろ」
「そこかよ!!」
怒気を含んだツッコミを入れるジークに、カイルは苦笑した。
だが、その瞳に動揺はない。
「……気持ちは分かるよ、ジーク。でもね、払うんだよ」
「……は? 払うのかよ!?」
「当たり前じゃないか。これは正規の税制通達だ。ここで『昔見捨てただろ』なんて感情論で突っぱねたら、反逆罪の口実を与えて最悪の場合、領主解任になる。ルールを守るからこそ、僕たちは法のもとで守られるんだ」
「くっ……!」
「大丈夫。満額払ってもノルデンが倒れないよう、予算のやりくりは僕がやる。……セムラ、規定通りの納税手続きを進めてくれ」
「……承知いたしました」
ジークは不満げに鼻を鳴らしたが、カイルの揺るぎない態度にそれ以上は何も言わなかった。
◇
それから半月後。
カイルは予告通り、言われた通りの増額分も含めて王都への納税を完全に完了させた。
痛い出費ではあったが、事前に控除や予算の調整を行っていたため、住居の修繕や民の生活に直接の支障が出る事態は免れた。
「よし……これで文句はあるまい」
執務室で胸を撫で下ろした、まさにその日の夕方のことだった。
「カイル様。……王都より、追加の通達が届きました」
入ってきたセムラの顔は、かつてないほど引きつっていた。
「追加の通達……? 税金なら、今日言われた通り納め終えたばかりだよ?」
すでに封を割った手紙を受け取り、カイルは再び執務机の上に広げた。
肘をつき、組んだ手の上に顎を乗せたまま、机上の書類をじっと見つめる。
『——追記。今期の収穫期を迎え、正確な生産量および取引記録を確定するため、王都財務院より【特別査察官】を現地派遣する。これに伴い、査察対象となる主要産品(ルージュ豆および麦、ならびにそれらの関連製品)は、査察終了まで領外への搬出および新規取引を一時停止するものとする——』
「……なんだ、それ」
机の上の書類を横から覗き込んだジークが、一読するなり眉を跳ね上げた。
「売るな……!? ふざけんな、今から収穫して出荷するって時期だぞ! 査察だかなんだか知らねぇが、なんで俺たちの商品を止められなきゃならねぇんだ!」
「ジークの言う通りです……!」
セムラも顔を蒼白にして震えていた。
「ですが……相手は王都の財務院。公式な査察とあらば、逆らえば領地の自治権そのものを剥奪されかねません……! どうすれば……」
「売るな」という理不尽に激怒するジーク。
「正式な命令だから従うしかない」と狼狽するセムラ。
だが、カイルだけは静かだった。
肘をついた姿勢のまま、開かれた文面から視線を外さない。
「違う。……問題はそこじゃない」
「あ?」
「ジーク、セムラ。よく読んでごらん。……どこにも書いていないんだ」
「何がだよ!?」
「……査察の、終了期限だよ」
静まり返る執務室。
カイルの指摘に、セムラがハッと息を呑んだ。
「査察をする。それはいい。でも……『いつまでに終わらせるか』がどこにも書かれていない」
カイルの喉から、低く乾いた声が漏れた。
収穫したルージュ豆も麦も待ってはくれない。
加工品も売れなければ、一銅貨の現金にもならない。
移住してきた職人たちや大工には、毎月の給金を出さなければならない。
増額された税金を納めさせ、手元の現金が最も薄くなったタイミングを正確に狙いすました仕掛け。
利益が出ているかどうかなど関係ない。
現金の巡りを止められれば、組織は死ぬのだ。
(……間違いない)
カイルの瞳から温度が消え、冷たく静かに冴え渡っていく。
(これは——ノルデンを潰しにかかってきているな)




