第8話 カイル、新たな試み!
シロカブの種をかき集め、ルージュ豆によって蘇った北側の畑へ一斉に撒いた。
冷涼な気候を好むシロカブは、僕の予想通り、ふかふかの土壌からグングンと栄養を吸い上げて見事に育ち始めた。
だが――農業はそう甘くはなかった。
「カイル様、シロカブの成長は早いのですが……これ、土の栄養の持っていかれ方が尋常じゃありません」
農夫たちが青い顔で報告してくる。
シロカブは想像以上に大食漢の野菜だったのだ。
いくらルージュ豆によって土壌が改善されたとはいえ、このまま同じ土地で大量生産を続ければ、いずれ土地は再び痩せてしまう。
(ううむ……。砂糖欲しさに土地そのものを潰してしまっては、本末転倒だな)
僕が執務室で帳簿と農地図を睨んでいると、向かい側で農学書を読んでいたリーザが「あっ」と声を上げた。
「カイル様!」
「何か見つけたかい?」
「はい。このシロカブなのですが……育てるときに与える水を少なくしてみるのはいかがでしょう?」
「水を?」
リーザは農学書をこちらへ向けた。
「この本に、乾燥した土地で育ったシロカブの中には、普通のものより甘みが強くなった例があると書かれているんです。でしたら、あえて水を減らして育てれば、少ない数でもっと甘いシロカブが作れるのではないでしょうか?」
「なるほど……」
僕は顎に手を当てた。
確かに、面白い。
前世でも、育つ環境によって野菜の甘みや味が変わるという話は聞いたことがある。
ただ――。
「いい案だと思うよ」
僕がそう答えると、リーザの表情がぱっと明るくなった。
「では!」
「でも、それは別の機会に試してみよう」
「……え?」
期待に輝いていた瞳が、少しだけ曇った。
リーザはしゅんと肩を落とす。
「……すみません。わたくし、また余計なことを……」
「いや」
僕はすぐに首を横に振った。
「嬉しいよ。すごく」
「……カイル様?」
「僕一人では、思いつかなかったかもしれない方法だ。リーザが自分で調べて、自分で考えて、僕に提案してくれた。それが嬉しいんだよ」
リーザが目を丸くする。
「だから覚えておこう。小さな区画を作って、普通に育てたものと、水を少なくしたものを比べてみればいい。上手くいけば、もっと美味しいシロカブが作れるかもしれない」
「はい……!」
今度こそ、リーザが嬉しそうに笑った。
僕も笑い返しながら、机に広げた農地図へ視線を戻す。
「ただ、今考えなければならないのは別の問題なんだ」
指先で、シロカブ畑を示す。
「甘さじゃない。土地そのものだよ」
「土地……?」
「シロカブを作るたびに土地が痩せてしまうなら、いくら甘いシロカブを作れても長続きしない。僕が欲しいのは今年一年だけの砂糖じゃないんだ」
この先、ノルデンの人々が、この土地で食べていける仕組みを作らなければ意味がない。
(……待てよ)
そのとき、僕は農地図の一角に目を留めた。
シロカブを植える前、そこでは何を育てていた?
――ルージュ豆だ。
あの痩せ切った土地でたくましく育ち、荒れ果てていた畑を蘇らせるきっかけとなった作物。
(そうか……!)
僕は勢いよく立ち上がった。
「カ、カイル様!?」
「リーザ! 農地の記録を持ってきてくれ! 去年、どの畑に何を植えたか分かるものだ!」
「は、はい!」
二人で記録を広げ、畑ごとの状態を照らし合わせていく。
やはりそうだ。
ルージュ豆を育てた土地では、その後に植えた作物の生育が比較的良い。
そこで前世の知識がつながった。
「――輪作だ」
「りんさく……?」
「同じ土地で、同じ作物ばかり作り続けないんだよ」
僕は農地図をいくつかの区画に分けながら説明する。
「今年シロカブを育てた場所では、次は別の作物を育てる。そして土地の状態を見ながら、ルージュ豆も組み合わせる。作物を順番に入れ替えながら畑を使っていくんだ」
「まあ……!」
リーザが農地図を覗き込む。
「そうすれば、シロカブだけで土地の栄養を使い続けずに済むということですか?」
「そういうことだね」
僕はニッと笑った。
「砂糖をたくさん作りたいからと、全部の畑をシロカブで埋めるのは簡単だ。たぶん、最初の数年はそれで儲かるだろう」
だが、それでは駄目なのだ。
「今年だけ儲かればいいんじゃない。十年後も、二十年後も、この土地で作物を育てられなければ意味がない」
前世でも、何度も見てきた。
目先の数字だけを追いかければ、そのツケはいつか必ず回ってくる。
経済も、農業も同じなのだ。
「よし。畑をいくつかの区画に分けよう。ルージュ豆、シロカブ、それから他の作物も組み合わせる。土地を使い潰すんじゃない」
僕は農地図を指でぐるりとなぞった。
「――土地にも、働いて、休んで、また働いてもらおう」
「ふふっ。カイル様らしいですわ」
リーザが小さく笑った。
「それじゃあ、始めようか」
こうしてノルデンでは、この土地で何十年も農業を続けていくための、新しい試みが始まった




