第60話 解決の糸口
「……なるほどな」
低く力強い声が響いた。
カイルに呼び出され、不機嫌そうに遅れてやってきた大工頭のガルドだ。
ガルドはバールで木枠を叩き、床下にまで潜り込んで検分を始めた。職人の目が鋭く光る。
「おいおい、領主様。案外見どころがあるじゃねぇか」
床下から這い出てきたガルドは、太い腕を組んでニヤリと笑った。
「この並びの三軒はいける。壁と基礎は生きてるぞ。屋根と建具をやり直せば、半月もありゃ人を入れられる。他の場所も調べれば、もう少し拾えるはずだ」
「ゼロから建てるよりずっと早いかい?」
「当たり前だ。これなら俺たち十人の大工でも回せる。壊す家から使える材を拾えば、新材の消費も抑えられるからな」
「よし……!」
カイルは胸を撫で下ろした。だが、セムラが静かに眉をひそめる。
「ですがカイル様。直した家に移住者を入れれば、結局『外から呼ぶ職人の寝床がない』という問題は解決しませんぞ」
「うん。だから、この家には移住者を入れない」
「……はい?」
セムラとジークが同時に首をかしげた。
「最初に入ってもらうのは——工房の寮にいる家族だよ」
「寮の……?」
「家族がここへ移ったら、何が残る?」
セムラはハッと顔を上げた。
「寮……!」
「そう。空いた寮を、外から来る職人の宿舎にするんだ」
直した家へ、寮の家族が移る。
空いた寮へ、外から来た職人が入る。
増えた職人が、さらに多くの空き家を直していく。
ひとつ空けば、次が動く。
「……いける。外から大工を呼べれば、修繕は一気に進むぞ!」
ガルドもニッと口の端を吊り上げ、ジークも感心したように口笛を吹いた。
「へえ、パズルみたいだな」
「よし。これなら今日困っている人たちを順次受け入れられるはずだ」
カイルは修繕を待つ古い家々を見渡した。
「新しい住宅地を作るのは、そのあとだ。一段ずつやろう」
「ははっ、そいつは賛成だ。さっそく準備にかかるぜ!」
ガルドは威勢良く工房へと戻っていった。その背中を見送り、カイルは空を見上げて深く息を吐く。
「ふう……なんとかなりそうだな」
「お見事でした、カイル様。……もっとも、家が増えれば増えたで、また別の問題が出てまいりますぞ」
セムラが粛々と告げる。
「水も必要です。道も必要です。薪も、仕事も——」
「セムラ」
「はい?」
「今日はもう、成功した気分で帰らせてくれないかい?」
「おや。これは失礼いたしました」
「絶対わざとだろ……」
肩を落とすカイルに、セムラはどこか楽しそうに頭を下げた。
ひとつ直せば、また足りないものが見えてくる。
けれど、それは決して後ろ向きな悲鳴ではない。かつてのノルデンには、足りないものしかなかった。今は——街が育っているからこそ、足りなくなるのだ。
カイルは、修繕を待つ古い街並みを見渡し、静かに口元を緩めた。
「……悪くない悩みだ」
カイルが小さく笑った。
その横顔を、少し離れたところからジークは黙って見つめていた。
(……やっぱり、変な奴だ)
十七歳。自分より年下の、まだガキと言ってもいい年齢だ。
それなのに。
古い家を直す。そこへ寮に住む家族を移す。
空いた寮に外から職人を呼び、その職人たちにさらに家を直させる。
一つの問題を解決するだけじゃない。その結果生まれる「次」まで考えている。
(こんなの、普通思いつくか?)
少なくとも、自分には無理だ。
数年前まで、ここは先の見えない貧乏領地だった。
それが今では、人が押し寄せ、住む場所が足りないと騒いでいる。
その中心にいるのが、カイルだ。
(あんパンだって、そうだ)
外の領地を渡り歩いてきた。王都にも行った。
それなりに珍しいものだって食べてきたはずだ。
だが、あんな食べ物はどこにもなかった。
ふっくらとした生地の中に、甘く煮詰めた黒い餡。ノルデン以外では誰も知らない、食べ物。
——なのに。
(……なんで俺は、あれを『懐かしい』と思ったんだ?)
初めて口にしたはずなのに。
どこか遠い昔に食べたような、あるいは自分で作ったことすらあるような、おかしな感覚が胸を突いた。
どこで知ったのか聞いても、カイルは曖昧に笑うだけだった。
そして——。
ジークは自分の右手に目を落とした。
(俺も……なんなんだろうな)
剣を握れば、身体が勝手に動く。
誰かに習った記憶なんてない。今までは「才能ってやつだろ」と、それで済ませてきた。
実際、誰からも疑問を持たれたことなどなかった。
——カイル以外には。
『その剣術、どこで習ったの?』
昨日の言葉が蘇る。
そして今朝。朝飯の皿を見ただけで、知らないはずの調理法が口から勝手に出てきた。
(煮崩す、だっけか)
自分で言ったくせに、どうしてそんなことを知っていたのか分からない。
剣、料理、夢。
バラバラだったものが、頭の中でちらついている。
だが、いくら考えても答えは出なかった。
「ジーク?」
「……あ?」
顔を上げると、カイルが不思議そうにこちらを見ていた。
「どうしたの?」
ジークはいつものようにニッと笑う。
「なんでもねえよ、領主様」
「?」
首を傾げて歩き出すカイルの背中を、ジークはじっと見つめた。
(まあ……いいか)
昨日までは、領主の護衛なんて退屈そうな仕事だと思っていた。
だが——。
(こいつのそばにいりゃ、そのうち分かるかもしれねえ)
カイルが何者なのか、そして。
(俺が、なんなのかもな)
「おい、置いてくぞ!」
「今行く!」
ジークは地面を蹴り、赤い髪を揺らしてその背中を追った。




