↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキル『魔石生成』で追放された僕、国から役に立たないと切り捨てられた辺境で「あんぱん」を作ります ~貧困領地が大発展していくまで~  作者: きいろい なつ
職業斡旋所編、住宅編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/88

第55話 ぶつかる刃、暴かれる手札(前)


「——で、明日からの現場視察には、このジークにもついてきてもらうことにしたんだ」


 執務室。

 僕が何気なく切り出した言葉に、部屋の隅で腕を組んでいたローグの眉根が跳ね上がった。


「……は?」


 低い声が落ちる。

 ローグの視線が、僕の隣に立つ青年へ向けられた。

 日に焼けた肌、無造作な赤髪、使い込まれた革鎧に、腰の長剣。背中には見慣れない型の魔道武器まで担いでいる。

 そして何より——。


「ふぁ……」


 領主の執務室だというのに、壁に背をもたれかけさせて、隠しもせずにあくびを噛み殺していた。

 ローグの眉間に、深い皺が刻まれる。


「……おい、カイル。冗談だろ?」


「冗談じゃないよ。ジークは冒険者として外を渡り歩いてきた。魔獣討伐も護衛もこなしてきたし、街道にも詳しい。僕個人の護衛兼、領外随行員として——」


「待て」


 ローグが僕の言葉を遮った。

 壁から離れ、ジークとの間に割り込むように立つ。


「帰ってきたばかりの冒険者を、いきなりカイルの横に置くだと?」


「増えてきたとはいえ、ジークは元々ノルデンの——」


「数年前の話だろ」


 ぴしゃりと言い切る。


「その間、どこで何をして、誰と関わったのか。全部確認したのか?」


「それは……」


「街がデカくなった。金も人も集まる。だったら当然、ろくでもねえ奴だって寄ってくる」


 ローグの目が鋭く細まった。


「警備隊長の俺が、素性も知らねえ奴をカイルの横に置けるわけねえだろ」


「…………」


 僕が返答に困っていると。


「ふーん……」


 それまで黙っていたジークが、壁からゆっくりと身体を起こした。


「ずいぶん心配性なんだな、隊長さんよ」


「……あ?」


「領主様がそんなに心配か?」


 ジークの口元に、からかうような薄笑いが浮かぶ。


「べったり張り付いて守ってねえと不安で仕方ねえって?」


「…………」


「過保護な親かよ。見てて背中がムズムズするぜ」


 ピキッ、と。

 執務室の空気が凍りついた。


「ジ、ジーク……?」


「おい」


 ローグの声から、完全に温度が消えた。


「お前、今なんつった?」


「耳まで悪いのか?」


 ジークは引かない。


「俺がカイルを守れるか不安なんだろ? だったら心配すんな。外じゃ大型魔獣だって——」


「いいだろう」


「あ?」


 ローグの手が、腰の剣に伸びた。


「お前がカイルの横に立つ資格があるか、俺が試す」


「……へえ」


 ジークの瞳にも、好戦的な光が宿る。


「そっちの方が話が早いじゃねえか」


「ちょっと待って!?」


 僕は慌てて二人の間に割って入った。


「僕、もうジークを採用したんだけど!?」


「お前は引っ込んでろ」


「領主なのに!?」


 二人はすでに僕のことなど視界に入れていない。

 睨み合ったまま踵を返し、執務室を出ていってしまう。


「なんでこうなるんだよ……!」


 僕の嘆きだけが、誰もいなくなった部屋に虚しく響いた。



 ◇



 領主館の裏庭。

 秋風が草を揺らす中、ローグとジークが数歩の間合いを取って対峙していた。

 二人の手には、訓練用の木剣。


「おいおい、カイル。なんだありゃ」


 騒ぎを聞きつけたクロウが、面白そうに壁に寄りかかっている。

 その隣では、書類を抱えたリーザが「あらあら……」と困ったように笑っていた。


「僕の護衛を紹介しただけなんだけど……」


「紹介しただけで決闘が始まるのか、お前んとこの警備隊は」


「僕に聞かないでよ……」


 庭の中央では、ジークが木剣を肩に担ぎ、余裕たっぷりに笑っている。


「先に言っとくぜ、隊長さん。負けても恨むなよ?」


「…………」


「なんだよ。ビビったか?」


「いや」


 ローグが木剣を構える。


「よく喋る奴だと思ってな」


「……あ?」


 ジークの口元から笑みが消えた。

 肩に担いでいた木剣を下ろし、右足をわずかに引く。

 腰を落とし、切っ先を低く前へ。

 ただ、それだけだった。

 だが——。


(……なんだ、あの構えは?)


 ローグの眉がわずかに動いた。

 見たことがない。

 王都で仕込まれた剣術とも違う。冒険者が好む、魔獣相手の実戦剣術でもない。

 構えだけを見れば、妙な癖がある。正直、隙すらあるように見えた。

 なのに。


(……入りづらい)


 どこから踏み込んでも、こちらの動きに合わせて刃が走ってくる。そんな錯覚を覚えた。

 ローグが無意識に目を細める。

 一方——。


「…………」


 僕は、ジークの構えを見た瞬間、息を呑んでいた。


(あれは……)


 記憶の底で、何かが強く引っかかった。

 この世界の剣術じゃない。

 もちろん、僕自身に剣の心得があるわけでもない。それでも高橋是清として生きた八十余年の中で、似たものを目にしたことがある。

 ずっと、ずっと昔。

 まだ刀を腰に差して歩く人間が、珍しくなかった時代に——。


(……いや。まさか)


 そんなはずがない。

 僕は浮かんだ考えを、すぐに打ち消した。

 目の前にいるのは、ノルデン生まれの若者だ。

 それなのに、なぜ——あの構えが、ひどく懐かしく見える?


「……カイル様? どうかしましたか?」


 隣からリーザに声をかけられ、僕は我に返った。


「ううん。なんでもない」


 そう答えながらも、僕はジークから目を離せなかった。

 次の瞬間、ローグの姿が掻き消えた。


(首——いや、肩だ)


 反射的に首へ走りかけた木剣の軌道を、ローグは寸前でわずかに下げた。


(……チッ。殺すんじゃねえんだったな)


 一瞬の躊躇。だが、その殺気を含んだ一撃は十分に鋭い。

 肩口へと迫る木剣に対し——。


「っ……!」


 ジークは寸前で深くしゃがみ込み、その一射を紙一重でかわした。


(……かわすか)


 ローグが体勢を立て直す間もなく、頭上から影が落ちる。

 しゃがんだ姿勢からジークが勢いよく踏み込み、正面から木剣を豪快に振り下ろしてきた。



「オラァッ!」


 ガンッ!


「ぐ……っ!」


 ローグはとっさに木剣で受け止めたものの、その重い衝撃に腕が痺れ、深く眉根を寄せた。

 魔獣との泥臭い実戦で磨かれたジークの一撃一撃は、とにかく重い。

 ローグは即座に足を使って後ろへ飛び、間合いを取り直した。


「…………」


 二人を包むピンと張りつめた緊張感の中、風に巻き上げられた砂ぼこりが舞う。


(……ただの腕自慢じゃねえな)


 ローグは呼吸を整え、再び動いた。

 今度は気配を完全に殺し、ジークの視界から外れるように側面へ回り込む。

足音を消し、視線を切り、死角から——急所へ。


「な……!?」


 振り向きざま、ジークの木剣が完璧な角度で割り込んでいた。

 ガンッ!


「……っ!」


 ローグが弾かれた木剣を引き戻し、すっと一歩引く。


(まただ……!)


 ローグの目が鋭く細まる。


(おかしい。見えていたはずがねえ。足音も気配も消した。……危険を察知しただけなら、避ければいいはずだ。だがこいつは違う)


 振り向くより先に足が動き、腰が回り、最短の軌道へ剣が滑り込んできている。


(誰に習った……? 冒険者の我流じゃねえ。何度も、何度も同じ動きを身体に叩き込まれていなきゃ、こんな反応はできねえぞ)


「へっ、実力はそんなもんかよ、隊長さんよ!」


 ジークが得意げに口端を上げる。当の本人は、自分が何をやっているのか何も分かっていないような顔で笑っていた。


(……こいつ、自分がどれだけ異常な真似をしてるのか分かってねえのか?)


 ローグは初めて、目の前の青年そのものに強い興味を抱いた。


(よし……手札を吐き出させる)


 ローグは不敵に目を光らせた。


「……大したことねえな」


「あ?」


 唐突なローグの呟きに、ジークの眉が跳ねた。


「さっきから防いでるだけじゃねえか。大口叩いた割には、随分と臆病な剣だ」


「……てめえ。俺は外で大型魔獣だって倒して——」


「逃げ回ってただけじゃねえのか?」


「はぁ!? 何も知らねえくせに言ってくれるじゃねえか! 俺にはなぁ——【危機察知】スキルがあるんだよ!」


「…………」


 ローグの目が、静かに光った。

 だが興奮したジークは気づかない。


「危険が近づけば身体が勝手に反応する! 右から来るとか、後ろがヤバいとか、察知できるんだよ!」


「なるほど!」


 思わずカイルが声を上げた。


「それでさっきからローグの攻撃を防げていたのか!」


「おう! どうだ領主様! 護衛にはもってこいだろ?」


「うん、やっぱり君、護衛にぴったりだよ!」


「だろ!?」


「…………」


 ローグは冷ややかな目で二人を見た。

「ジーク、もういい」


「何が?」


「十分聞いた」


「…………あ」


 ジークが瞬きをし、即座に自分の口を押さえた。


「俺……もしかして……」


「親切な奴だな、お前」


「しまったぁぁぁっ!! てめえ、最初からそれを聞き出すために煽りやがったな!?」


「勝手に喋ったのはお前だ」


「くっそ性格悪ぃ!!」


「護衛が自分の手札をベラベラ喋るよりマシだ」


「ぐっ……!」


 何も言い返せない。


「ふっ、じゃあ、続けるぞ」

 ローグが木剣を構え直した。


「上等だ! 能力が分かったくらいで——俺の【危機察知】は破れねえ!」


 ジークも木剣を構え直す。


「そうかよ」

  ローグが踏み込んだ。正面。

 ジークの感覚に強烈な警報が走る。


(来る!)


 ローグは右手を鋭く振り抜き、自身の木剣をジークの右側へと強烈に投げつけた。


(右からの危険——!)


「甘ぇっ!」


 ジークは反射的に木剣を振り、飛んできたローグの木剣を必死で弾き飛ばす。

 ——だが、その直前。

 ジークの察知機能に、左方向からもう一つ、跳ね上がるような強烈な危険信号が飛び込んでいた。


(左……!?)


 弾かれた木剣が宙を舞う。

 投げられた木剣と、左側から肉薄するローグ本人。

 二つの「本物の危険」が同時に脳内を揺さぶり、ジークの思考がコンマ数秒、処理限界を迎えて停止した。


「くそっ……!」


 どちらを優先して裁くべきか迷った一瞬で、勝負はついていた。

 ローグはジークの左懐へと滑り込むように深く潜り込み、その軸足を容容赦なく払う。


「うおっ!?」


 ドサッ!

 ジークの身体が派手に地面へ転がった。

すぐに起き上がろうと体勢を立て直しかけた、その時。

カラン、と地面を転がっていた木剣を、ローグの足先が鮮やかに跳ね上げる。

宙へ浮いた柄を滑らかに掴み取り——。

 ピタリ。

 起き上がろうとしたジークの喉元へ、その切っ先が寸分狂わず突きつけられた。


「……そこまで」


 ローグの静かな声が、裏庭に響いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。