第56話 適性とプライド
職業紹介所が開設されてから数週間。
街のあちこちに散らばっていた求人情報は一か所に集まり、毎日多くの求職者が訪れるようになっていた。
パン工房へ何人、農家へ何人、街道補修の荷運びへ何人……。
ミスマッチは劇的に減り、数字の上でもしっかりと成果が出ている。
(よし。思ったより順調そうだ)
視察に訪れた僕は、活気に溢れる紹介所の様子を遠目から眺め、胸を撫で下ろしていた。
……ところが。
待合スペースの長椅子に、どっかりと深々と腰掛け、天井を仰いで退屈そうに足を組んでいる男が目に入った。
「あれ? ジーク」
「……よう」
「何してるんだい?」
「見りゃ分かんだろ。仕事探しだよ」
「……まだ?」
「『まだ』ってなんだよ!」
ジークが勢いよく立ち上がり、噛みついてきた。
初日に登録して行ったきり、てっきりもうどこかで働いているものだと思っていたのだが……話を聞けば、ここ連日ずっと通い詰めている常連と化しているらしい。
気になって受付の職員に声をかけてみると、申し訳なさそうに羊皮紙の記録をめくってくれた。
「ジーク様には、すでに十二件ほどお仕事をご紹介しているのですが……」
「十二件!?」
思わず声が裏返った。
十二件紹介されて、まだ決まっていないだと?
僕が信じられない思いで視線を向けると、ジークは気まずそうに逸らしていた目を、開き直ったようにこちらへ向けた。
「あのなぁ、領主様! 件数じゃないんだよ、内容だよ!」
「内容って……たとえばどんな仕事があったのさ」
「小型魔獣の駆除とかよぁ……」
「立派な仕事じゃないか。農家の人たちが助かるよ」
「分かってる! 分かってるけど! 俺はこれでも外でグランボアを三頭仕留めたことがあるんだぞ!? 今さら畑を荒らす角ウサギを追い回せってのか!?」
「じゃあ、市場の荷運びは?」
「俺の魔道武器適性、どこ行った!?」
「商人の護衛はどうだい?」
「街道一本、隣町までだぞ? たった三日で終わるじゃねえか!」
「……警備隊の臨時雇用は?」
「知らない奴の部下になるのは絶対イヤだ!」
「…………」
僕は思わず深く溜め息をついた。
(選り好みしてるだけじゃないか……)
完全に「働きたくない言い訳」のようにも聞こえる。
……だが、ジークの顔をじっと見ているうちに、ふと気がついた。
彼は決して、怠けたいわけでも遊んでいたいわけでもないのだ。
むしろ逆だ。
自分には大型魔獣と戦える能力があり、危機察知のスキルがあり、魔道武器を扱い、外の世界を一人で渡り歩いてきた実績と誇りがある。だからこそ、それを正しく活かせる仕事を求めて焦っているのだ。
(ふむ……これは厄介だな)
僕は顎に手を当て、深く思考を巡らせた。
求人はある。求職者もいる。
だが、「ただ仕事と人を繋ぐ」だけでは、こうした高度なスキルや経験を持つ人間と、適切な仕事のマッチングまではカバーしきれない。
職業紹介所を作ったからこそ見えてきた、第二の「運用の課題」だった。
(前世の僕だって、ずいぶん遠回りした)
高橋是清として生きた記憶が、胸の奥で静かにうずく。
官僚になり、教師になり、海を渡った。鉱山事業では大失敗して、財産まで失った。それでも、そこで人生が終わったわけじゃない。
銀行へ入り、また別の仕事をした。
今になって思えば、あの頃の僕だってずっと、自分の力を使える場所を探して必死に足掻いていたのかもしれない。
(人間なんて、最初から自分にぴったりの場所に収まるわけじゃないんだ)
働く気がないわけでも、能力がないわけでもない。
「自分にはもっとできる」「自分を活かせる場所があるはずだ」そう思っているからこそ、目の前に提示された手軽な仕事に手を伸ばせない。
(なら、彼のこの『持て余した能力』と『実績』をどう活かすか……)
僕は頭の中でジークのスペックを棚卸ししてみた。
大型魔獣の討伐経験。
魔道武器への高い適性。
野営の技術と、近隣の街道事情への精通。
そして、外の領地の情勢を知り、一人で生き抜いてきた生存能力。
「……あ」
「なんだよ」
「あるじゃないか」
「何が?」
「君にしかできない仕事」
ジークが怪訝そうに眉をひそめた。
僕はニッコリと笑って、彼に向かって人差し指を立てた。
「僕専属の護衛兼、領外随行員」
「……は?」
「単なる用心棒じゃないよ。僕はこれから、街道の建設現場、鉱山、開拓地、さらには他領との交渉や取引のために、どんどん外へ出かけることになる。だけどローグは警備隊長だから街を離れられないし、リーザは行政の仕事で手一杯だ」
ジークの瞳が、少しずつ揺れ始める。
「僕と一緒に外へ飛び回り、危険を未然に察知する。いざという時には、その魔道武器で僕を守る。外の世界を知っている君だから頼みたい」
「…………」
ところがジークは、すぐには頷かなかった。
訝しげに僕の顔を覗き込んでくる。
「……なんで俺なんだよ」
「え?」
「いや、仕事はありがてえよ。でも領主様の護衛だろ? 探せば他にもいるんじゃねえのか。もっと素直で、扱いやすい奴がよ」
「それは……」
思わず言葉に詰まった。
たしかに、そうだ。
大型魔獣を三頭仕留めた実績がある。
魔道武器への適性も高い。
野営にも慣れ、領外の事情にも詳しい。
護衛として申し分ない。
それに、数年前までノルデンに暮らし、一度外へ出た彼だからこそ見えるものがある。ずっとここにいた僕たちには気づけない変化も、きっとあるだろう。
「君の外からの視点が、僕には必要なんだ。それに——」
そこまで言って、僕は口をつぐんだ。
「それに?」
「……いや。なんでもない」
「なんだよ、気持ち悪ぃな」
ジークが露骨に顔をしかめる。
けれど、自分でもうまく説明できなかった。
実績があるから、能力があるから。
外の世界を知っているから。
どれも嘘じゃない。
——だが、それだけではなかった。
この男は、近くに置いておいたほうがいい。
なぜか、そんな勘が働いていた。
前世でも、僕はずいぶん多くの人間と出会ってきた。
役人、商人、銀行家、政治家。
人を見る目には、それなりに自信があるつもりだ。
それでも、ジークの何が引っかかったのかは分からない。
本人さえ気づいていない、何かなのか。
(まあ、いい)
分からないのなら、近くで見ていればいい。
「とにかく、僕が君を雇いたいと思った。それじゃ不満?」
「……へっ」
ジークの口角が、ゆっくりと、けれど豪快に上がっていった。
「言うじゃねえか、領主様」
「報酬は、もちろん領主館からしっかり出すよ」
「大型魔獣が出たら?」
「君の出番だ」
「魔道武器は……?」
「魔導技師のクロウに話したら、喜んで君の武器を調整してくれるよ。……実験台にされるかもしれないけどね」
「よし乗った! 今日からあんたの背中は俺が守ってやるよ。……あ、受付のお姉さん! 求職登録、取り下げといてくれ!」
威勢よく手を振るジークの背中を見送りながら、僕は羊皮紙にそっとメモを書き加えた。
『課題:求職者の技能・経験を記録し、専門性の高い仕事との仲介にも対応すること』
そう書き加えながら、僕は小さく笑った。
職業紹介所を作れば、それで完成だと思っていた。けれど実際に人が使い始めれば、想像もしなかった問題が出てくる。
なら、そのたびに直していけばいい。
「さて……僕も仕事に戻るか」
「おう。今日から俺もな」
こうして職業紹介所は、一人の少し面倒な求職者のおかげで、また一つ成長した。
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