第55話 調査と、新しい窓口
執務室を飛び出した僕とジークは、まず市場の裏手にある酒場へと向かった。
昼間から暇を持て余した冒険者や流れ者の作業員が集まる場所だ。
「ギルドのやり方ぁ? そりゃあ酒場の壁に貼り出された依頼紙を見て、勝手に受けるのが普通だな」
「でもよ、腕のねえ奴が無理な依頼を受けて死んだり、依頼主が途中で報酬を踏み倒して逃げたりするトラブルはしょっちゅうだぜ」
酒場で杯を傾けるベテラン冒険者の言葉に、僕は手元の羊皮紙へペンを走らせた。
続いて商人組合と、ガルドさんたち職人衆のもとへも足を運ぶ。
「うちじゃ信用できる親方の紹介がないと弟子は採らんよ」
「商人同士なら組合の誓約書があるが、個人で雇う流れ者は怖くて使えんな」
話を聞けば聞くほど、各地のギルドや組合の「強み」と「欠点」が見えてくる。
(……気がつかなかった視点だ)
僕は街の景色を見渡しながら、胸の中で呟いた。
これまでの僕は、産業を作り、雇用を生み出すことばかりに目を奪われていた。だが、「仕事がある」ことと「その仕事に安心して就ける」ことは全く別なのだ。
外の世界を見て帰ってきたジークや、街で働く人々の生々しい声を聞かなければ、この致命的な摩擦に気づくことはできなかっただろう。
「よし……見えてきたぞ」
僕は集めた情報を頭の中で整理していった。
冒険者ギルドのような「気軽な依頼掲示板」。
商人組合のような「報酬や条件を事前に記録する仕組み」。
職人たちが行っている「得意分野や経験の登録」。
まずは、この三つを一か所へ集めてみよう。
完璧な制度なんて、最初から作れるわけじゃない。実際に動かして、不都合が出ればその都度直していけばいいのだから。
「へえ、各地の良いトコ取りってわけか。すげえな」
ジークが感心したように頷き、ふと周りを見回して頭を掻いた。
「で? 仕組みは分かったけどよ、その『職業紹介所』とやらはどこに作るんだよ?」
「新しく建てる時間も資材もないからね。……市場のすぐ近くに、ちょうどいい場所があるんだ」
僕が案内したのは、市場の通り沿いにある古い二階建ての木造建築だった。
かつては古い宿屋として使われていたが、前の店主が街を去って以来、誰も住むことなく放置されていた建物だ。屋根の一部は落ちかけ、壁の木材も黒ずんでいる。
「ここを使おうと思う」
「……ほう」
同行してくれた大工棟梁のガルドさんが、腕を組んで建物を見上げた。
ジークがまじまじと見上げ、呆れたように声を上げる。
「おいおい領主様……ここ、相当ガタがきてるぞ? 新しく建て直した方が早いんじゃねえか?」
「新築するには金も時間も、それに大工さんたちの手も取られてしまうからね。ここは市場にも近くて立地がいい。求職者が立ち寄りやすいんだ。……ガルドさん、これって修繕して使えないかな?」
僕の問いかけに、ガルドさんがニヤリとヒゲを揺らした。
「ハッ、若いのに見る目があるな。柱と骨組みはしっかり生きてる。表面の腐った板を引っぺがして屋根を吹き替えりゃあ、まだまだ何十年だって現役で使えるさ」
「さすがガルドさん!」
「任せときな。床を張り替えて、カウンター窓口を作って、壁にはどっさりと求人票を貼れるでかい掲示板を取り付けてやる」
ガルドさんはさっそく腰の槌を叩き、職人たちに矢継ぎ早に指示を飛ばし始めた。
——それから数週間後。
「うわ……すげぇな。見違えたぞ」
完成した職業紹介所の前に立ち、ジークが感嘆の声を漏らした。
黒ずんでいた外壁は真新しい板で補強され、大きな窓からは温かな日差しが差し込んでいる。中に入れば香ばしい新木の匂いが漂い、中央には求人受付の広いカウンター、壁一面には見やすい木製の掲示板がズラリと並んでいた。
『求人受付』『求職登録』『依頼掲示板』。
開所初日。さっそく「荷運び募集」「パン工房・袋詰め」「街道補修・作業員」といった求人紙がズラリと貼り出され、どこで聞きつけたのか大勢の人が詰めかけていた。
これまで街中で起きていた「仕事はあるのに辿り着けない」というミスマッチが、次々と解消されていく。
「大成功だな、領主様! じゃあ俺も——早速仕事もらってくるぜ!」
ジークはニッと口元を吊り上げると、さっそく求職者として人だかりの出来た掲示板の前へと威勢よく飛び込んでいった。
……しかし。
この時の僕は、まだ知らなかった。
職業紹介所を作るきっかけとなった張本人が——。
この場所で最初の「厄介なミスマッチ」を引き起こすことになるとは。




