↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキル『魔石生成』で追放された僕、国から役に立たないと切り捨てられた辺境で「あんぱん」を作ります ~貧困領地が大発展していくまで~  作者: きいろい なつ
王都からの監査編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/87

第49話  不自然な空白


 

  翌日の早朝。

  走り去る馬車を見送り、セムラが大きく安堵の息を漏らした。


「ふぅ……なんとか切り抜けましたな、カイル様。完璧な対応でした」


「……セムラ」


「はい?」


 僕の顔から笑みが消えていた。

 執務室に戻り、デスクの上に残された監査の記入項目を見つめる。


「ヴェルナーは優秀だった。帳簿の僅かな矛盾を見抜いて、実際に足を使って鉱山まで確認に赴いた」


「ええ。さすがは『蛇の目』と呼ばれるだけはありましたな」


「それに——」


 僕は、ふと自分の肩へ視線を落とした。

 鉱山で、天井から落ちてきた岩片。それを一瞬で弾き飛ばした、ヴェルナーの力。


「あの人は、自分のスキルまで僕に見せてくれた」


「……【見えざる手】、でしたな」


「そうだ」


 執務室で虫を払った時も、鉱山で落石を防いだ時も。ヴェルナーは自分から「私のスキルですよ」と説明していた。

 他人のスキルや能力について触れることは、この世界でも特別なタブーではない。なら——。


「僕のスキルについて聞いても、何もおかしくなかったはずなんだ」


「……!」


 セムラの表情が変わった。


「まして、今回調べていたのは魔石の出所だ。だったら普通は最後に確認するだろう?」


 僕は自分の掌をじっと見つめた。


「『カイル様、あなたご自身に、魔石に関係する特別な能力はありませんか』ってね」


 セムラの表情が凍りついた。


「……し、しかし、それは聞かれましたか?」


「いや、聞かれなかった」


「…………」


「一度もだ」


(……なるほど)


 頭の中で、思考のピースが静かに組みあがっていく。

 調べなかったんじゃない。

 調べるなと命じられていた可能性がある。

 財政、税収、物流、鉱山、実家——あらゆる角を突いてきた人間が、一番手っ取り早く、かつ根本的な疑問である「領主本人の資質や能力」についてだけ、綺麗に爪痕すら残さずスルーした。

 だとすれば——王都には、僕の能力について何かを知っている人間がいる。

 少なくとも、「魔石と僕の間に何かある」と疑っている者が。

 探っている事実そのものを僕に悟られたくなかったのだ。


(……厄介だな)


「カイル様……?」


「いや……王都にも、ずいぶん慎重な人がいるらしい」


 それが誰なのかは、薄々想定がついている。

 だが、証拠がない。

 

(おそらく、また手段を変えて仕掛けてくるだろな……)


 それだけは、確信していた。


 ◇


【王都・某所】


 ヴェルナーの足音が完全に遠ざかるまで、ガルシアは動かなかった。

 机の上に残されたのは、帰任した彼から提出されたノルデン領の監査報告書。

 何度読み返しても、そこに記された結論が変わることはない。

 ——違法性なし。


「ふ……」


 喉の奥から、乾いた声が漏れた。


「ふ、はは……」


 口元は笑っていた。だが、報告書を握りしめる指先は激しく震えている。


「またか……」


 カイル・フォン・ヴァルハイトをノルデンへ追いやったのは、他でもない自分だ。

 「魔石生成」という異能を持つ危険な存在。何もない北方の貧圏へ放り込めば、それで終わりのはずだった。

 冬を越すことすら困難な極寒の地。

 金も、食料も、産業もない。

 放置しておくだけで勝手に潰れる——そう信じて疑わなかった。

 だが、潰れなかった。

 ならばと手回しをし、警戒し、ついには暗殺者ローグまで放った。

 それでも——。


「なぜだ……」


 暗殺者は戻らなかった。

 それどころか、警備隊の隊長としてカイルの傍らに収まっているという。

 送り込んだ刺客まで、あの男は己の糧にしてしまった。

 そして今回。王都で『蛇の目』と恐れられるヴェルナーを送り込み、帳簿から魔石の流出経路、領主館の隅々、果ては鉱山に至るまで徹底的に洗わせた。

 それでも——何ひとつ出なかった。


「……純魔石すら、見つからんというのか」


 ローグへ渡したはずの、あの純魔石。

 寝返ったのであれば当然、領主館の金庫にでも保管されていると考えた。

 出所不明の莫大な資産——それさえ押さえれば、いくらでも追い詰められたはずだった。

 ヴェルナーなら必ずや暴き出すと確信していたのに。


「…………」


 何もない。追い詰めるたび、今度こそ終わると信じるたびに。

 なぜか——。


「……発展している」


 口をついて出た言葉に、背筋を冷たいものが走り抜ける。

 ただ生き延びているのではない。

 こちらが仕掛けるたび、ノルデンは以前より強固になって帰ってくる。

 今や、王都の監査官を正面から突っぱねるだけの力をつけていた。


「……なぜ潰れない! なぜ……追い詰めるたびに大きくなるのだ……!」


 声が震える。

 ガルシアの手が、机の端にあったガラス製の記念盾を掴んだ。

財務卿就任の折に贈られた、自らの栄達と誇りを象徴する品。


「くそっ……!」


 ガシャァン!!

 激しい音を立てて砕け散ったガラスの破片が、床一面に広がる。

荒い呼吸だけが静まり返った部屋に響いていた。

やがてガルシアは膝を折り、落ちていた破片の一つを拾い上げた。

 鋭利な断面が皮膚を裂き、赤が滲む。痛みなど感じていなかった。

 カイルはまだ十七の若造だ。

 それなのに、自分が爪を立てようとすればするほど、人を得、富を得、技術を得て、膨れ上がっていく。

 放置すればどうなる?一年後、三年後、五年後——。


「…………」


 生まれて初めてだった。

 カイル・フォン・ヴァルハイトという青年に、底知れぬ恐怖を覚えたのは。


「……なんとかしなければ」


 血の滲む拳を強く握りしめる。


「今度こそ……なんとか……」


 そこで、ガルシアの視線が止まった。

 床に散らばる破片の隙間、放り投げた拍子に開いた監査報告書の一ページ。

 そこに記されていたのは、ノルデン領の歳入推移だった。


「…………」


 吸い寄せられるように無言でそれを拾い上げる。

 昨年度、今年度、そして直近の推計。

 数字は、圧倒的な右肩上がりを描いていた。


「……収入が、増えた?」


 農作物、パン、菓子。流動する商人、移住者、物流。

 領地が潤い、経済が回る。

 現地の人々の営みも活気も、この一枚の紙の上ではすべて「数字」という無機質なデータとして積み上がっていた。


「…………そうか」


 指先の震えが止まる。


「そうか……そうだった」


 ゆっくりと椅子へ身を沈めた。

 胸を支配していた焦燥が、波が引くように消えていく。代わりに湧き上がってきたのは、薄暗い笑みだった。


「私は……何を焦っていたのだ」

 

 違法な魔石の証拠など探す必要もなかった。

 刺客が寝返ろうが、監査をすり抜けられようが、そんなことはどうでもいい。

 ノルデンは発展した。ならば——。


「あるではないか」


 報告書に整然と並ぶ数字を、指先でゆっくりとなぞる。


「手が」


 暗殺などという、露見すれば己の身を滅ぼす拙策ではない。

 王国の法と制度に則り、正面から堂々と振り下ろせる刃。

 カイルが領地を豊かにすればするほど、その首を強く締め上げる仕組み。

「しかも……あの領地を合法的に潰す、正当な手段が」


ゆっくりと天井を仰ぐ。


「ふ、ははははは……!!」


 割れた記念盾の破片が散らばる室内に、嘲笑が低く響き渡った。

 デスクの上に残された監査報告書。

 そこに刻まれた右肩上がりの数字だけが、静かに光を浴びていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。