第48話 カイルの仕掛け
数時間後。じめじめとした湿気が漂うノルデン奥地の旧魔石鉱山。
「こちらです。普段、ここで気休め程度の屑魔石を拾っている者を連れてきました」
僕が紹介した地元の採掘人が案内した場所で、ヴェルナーが同行させていた鑑定官が、薄暗い坑道の中でツルハシを振るった。
カンッ、と乾いた音が響き、岩肌から小さな石コロが転がり落ちる。
「……拾ってください」
ヴェルナーの指示で鑑定官がそれを拾い上げ、手持ちの魔導具で照らした。
「最低等級ですね。濁りが酷く、魔力含有量もごく僅かです」
「価格にすると?」
「せいぜい銅貨一枚程度でしょう。使い道も夜間の簡易な灯りくらいです」
「なるほど……確かにこれでは、事業として採掘を立てるなど不可能ですね」
ヴェルナーが納得したように頷く。
——これは、元からこの鉱山に存在する『本物の屑魔石』だ。
「品質にはばらつきがあるのですか?」
「ええ。天然の鉱脈ですからね。奥のほうへ進むと、ごく稀にですが、ほんの少しだけマシなものが落ちていることもあります。あちらの岩棚のあたりですが」
僕が指し示した場所へ鑑定官が出向き、別の石を掘り出そうとした——その時だった。
パラパラッ、と頭上から小さな岩片が落ちてきた。
「危な——」
僕が声を上げるより早く、
——パパンッ!
ヴェルナーの頭上へ落ちてきた岩片が、目に見えない何かに横から殴られたように弾き飛ばされた。
「…………」
当の本人は何事もなかったように、肩へ落ちた砂埃を手袋で払っている。
「……便利ですね、そのスキル」
「でしょう?」
ヴェルナーは平然と答えた。
「こういう場所では特に重宝しますよ。もっとも、大きな岩を動かせるほどの力はありませんが」
(虫を払うだけじゃなかったんだな……)
僕は妙なところで感心しながらも、内心ではツルハシを構える鑑定官の手元に神経をすり減らしていた。
(頼むぞ……そこだ)
表情には出さず、僕は心の中で祈る。
実は視察の直前、僕は【魔石生成】の能力を使い、あらかじめ坑道の奥の特定箇所へ『生成時の出力を極限まで抑えた低品質の魔石』を極小量だけ仕込んでおいた。かつて荷車用の魔石を作った際に身につけた「出力を抑えて意図的に品質を落とす技術」だ。
仕込んだ場所から少しでもずれれば、本物の屑魔石しか出てこない。逆に不自然なほど質の揃ったものが出ても怪しまれる。ここだけは、僕にも結果を完全には制御できない。
ザクッ、とツルハシが岩肌を削り、小さな石片がこぼれ落ちる。
「……こちらは低品質ですが、先ほどよりは幾分マシですな」
「ほう」
ヴェルナーが目を細める。
「……確認いたしました」
鑑定官が掘り出した石を改め、ヴェルナーは持参していた過去の鉱山記録と照らし合わせる。
「鉱山の存在、および現在も微量の魔石が産出することは確認できました。過去の採掘記録と本日の状況を照合しても、届出基準を超える規模の採掘が行われている形跡はありません」
ぱたり、と帳簿を閉じる。
「少なくとも、現時点で未申告採掘を疑うだけの証拠はありません」
「ご理解いただけて何よりです、監査官様」
僕は平然とした顔を崩さずに応じた。だが——背中をそっと流れていった冷たい汗に、ここでようやく気づいた。
◇
翌朝。領主館の玄関前で、帰路につくヴェルナーを見送る。
「カイル様」
「はい?」
「……実に興味深い領地でした。帳簿にも、鉱山にも、法的な問題は見当たりませんでしたよ」
「それは重審の甲斐がありました」
「ただ——」
ヴェルナーは一瞬だけ、探るような鋭い瞳で僕を見つめた。
「私はまだ、すべてを見た気がしないのですよ」
「奇遇ですね」
僕が微笑むと、ヴェルナーは少し意外そうに眉をひそめた。
「……と、おっしゃいますと?」
「僕もです。……この領地の可能性を、僕自身まだすべて見尽くせていませんから」
「……ふふっ、なるほど」
ヴェルナーはフッと笑い、丁寧にお辞儀をした。
「では、お土産にいただいたご自慢の『あんパン』、道中で美味しく頂戴することにいたします。失礼」
「お気をつけて」




