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【改稿中】スキル『魔石生成』で追放された僕、国から役に立たないと切り捨てられた辺境で「あんぱん」を作ります ~貧困領地が大発展していくまで~』  作者: きいろい なつ
王都からの監査編

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第47話 『蛇の目』の監査

 

 翌朝。

 王都からの監査団を乗せた馬車が、領主館の前へ静かに停まった。


「うぅ……」


 隣から、なんとも情けない声が聞こえた。


「どうしたんだい、セムラ」


「胃が……朝からずっと、胃が苦しいのでありますぞ……」


 セムラは青い顔で、腹のあたりを押さえている。


「薬、いる?」


「ありがとうございます! ……というより、なぜカイル様はそんなに平然としておられるのですか!?」


「え?」


「相手は王都でも『蛇の目』と恐れられる監査官ですぞ! 昨夜など私は帳簿の数字が夢にまで出てきました!」


「……そんなに?」


「そんなに、です!」


 力いっぱい断言され、僕は思わず苦笑する。


「カイル様はまだ十七歳でしょう!? 普通ならもう少しくらい緊張しても——」


「…………」


 ぎくりとした。

 言われてみれば、確かにそうかもしれない。

 僕にとっては、これまでにも数字を突き合わせたり、相手の腹を探りながら交渉したりする場面を何度も——


(……いやいや。さすがに『前世で経験があります』なんて言えるわけないだろ)


「……僕だって緊張してるよ」


「その顔で言われても、まったく説得力がありませんぞ……」


 セムラが恨めしそうな目を向けてくる。

 そんなやり取りをしているうちに、馬車の扉が開いた。

 最初に降りてきた人物を見て、僕は新聞に載っていた顔をすぐに思い出した。

 ヴェルナー・フォン・クラウゼ。

 王都で『蛇の目』と呼ばれる領地監査官だ。

 そして——。


(……女性だったのか)


 新聞には名前と功績、それに小さな肖像しか載っていなかった。中性的な顔立ちだったこともあり、僕は勝手に男性だと思い込んでいたらしい。

 三十代半ばほどだろうか。

 艶のある短い黒髪を整え、細い銀縁の眼鏡の奥から、切れ長の瞳がまっすぐこちらを捉えている。華美な装飾はほとんどない。濃紺の監査官服を隙なく着こなし、馬車を降りる所作にも一切の無駄がなかった。


「……どうされました、カイル様?」


 隣のセムラが不思議そうに囁く。


「いや。なんでもないよ」


 どうやら、この国では珍しいことではないらしい。

 そのことに、僕はほんの少し感心していた。

 前世の僕が生きた時代にも、世の中は随分と変わった。女性が学校で学ぶことも、社会へ出ることも、少しずつ当たり前になっていった。

それでも——国の帳簿を預かり、貴族の領地へ乗り込み、不正があれば身分に関係なく追及する。

 そんな権限を持った役人として、一人の女性が当然のように馬車から降りてくる光景は、前世の僕には馴染みのないものだった。


(なるほどな……)


 魔法や魔石ばかりに目を奪われていたが、前世より進んでいるものが、この世界にはまだまだあるらしい。

 もっとも——。


「はじめまして、カイル殿」


 ヴェルナーが僕の前で足を止めた。


「王都財務局領地監査官、ヴェルナー・フォン・クラウゼと申します。本日はよろしくお願いいたします」


 差し出された手を握る。


「カイル・フォン・ヴァルハイトだ。こちらこそよろしく頼むよ」


 握手はごく軽い。

 けれど——眼鏡の奥から向けられる視線は、まるで僕の頭の中まで数字にして読み取ろうとしているようだった。


(……女性かどうかなんて、気にしている場合じゃなさそうだ)


 王都で『蛇の目』と恐れられている理由が、ほんの数秒で分かった気がした。



 ◇



 領主館の執務室。ヴェルナーは卓上に広げられた帳簿へと目を通していた。


「……十七という異例の若さで領主に抜擢されたと聞いた時には、正直、耳を疑いました」


「それは僕も同感だよ」


「ですが、ここへ来る途中で街を見て、一目で分かりました。商店には商品が並び、畑は耕され、街道には荷車が行き交っている。昨年まで困窮していた領地とは思えません」


 ヴェルナーは手元の帳簿へ視線を戻した。


「見事な手腕ですね」


「お褒めにあずかり光栄だよ」


「ええ。——だからこそ、興味深い」


 ヴェルナーの目が、すっと細められた。


「これほど短期間で領地を立て直すには、当然それだけの資本と資源が必要になる。ふむ……辺境の領地にしては、少々魔石の流通量が多すぎるように思えますが?」


「ああ、それでしたら実家からの援助ですよ」


 僕は至って平然とした笑みを返した。


「父上……ハミルトン伯より、領地復興の資金援助として定期的に送られてきているものです。高品質な魔石の多くは、父からの後押しですね」


「なるほど、親心というわけですか。ですが……」


 ヴェルナー監査官は細い指先でトントンと帳簿を叩いた。


「ヴァルハイト家からの送金記録と、この街で消費されている魔石の総数が噛み合いませんね。実家からの援助、正規の購入分……それらを差し引いても、計算上の整合性が取れない。報告していない入手源があるのでは?」


 冷ややかな追及。


(なるほど。『蛇の目』と呼ばれるわけだ)


 性別どころか年齢すら関係ない。この人は、数を見ることにかけては間違いなく一流だ。

 前世でも、こういう人間とは何度も仕事をした。肩書きではなく、帳簿の一行から嘘を嗅ぎ取る人間。


(……厄介だな。だが、嫌いじゃない)


 後ろから、ごくり、と大きな生唾を飲み込む音が聞こえた。振り返らなくても分かる。


(……セムラの胃、大丈夫かな。人の心配をしている場合じゃないけれど)


「カイル様、説明していただけますか?」


 直後——ヴェルナーの目の前を一匹の小さな羽虫が横切った。


「おっと、虫が」


 ——パァン。

 乾いた音とともに羽虫が弾き飛ばされ、壁に当たって落ちた。

 けれど、ヴェルナーの両手は机の上の帳簿から離れていない。


「……今のは?」


「ああ、失礼。私のスキルですよ」


 ヴェルナーは何でもないことのように答えた。


「【見えざる手】。離れた場所に、こうして力を加えることができます。大した能力ではありませんが……なかなか便利なのですよ」


「へえ……」


 僕は床に落ちた虫を見る。だが、その虫は即座にヴェルナーの【見えざる手】によって拾われ、寸分の狂いもなくゴミ箱へシュートされた。


(……前言撤回。性別以前に、この人ちょっと怖いぞ)


 そんな僕の視線など気にも留めず、ヴェルナーは再び帳簿へ目を落とした。


「さて、話を戻しましょう」


 さすがは王都の『蛇の目』、ただの数字の誤魔化しは通じない。だが、僕は慌てず静かに一枚の古い羊皮紙を取り出し、机の上に滑らせた。


「実は……領内の奥地に、小さな古い鉱山がありましてね。そこから微量の魔石が産出するのは事実なんです」


「ほう……鉱山ですか」


「王国鉱業法・第十二条をご覧ください。『年間産出量が一定基準に満たない零細採掘地においては、定期報告および課税の対象外とする』とあります。あの鉱山は昔に掘り尽くされた廃坑でして、年間の産出量は規定値の足元にも及びません。ですから手続き上、報告の義務はないのですよ」


「……なるほど。制度の適用除外というわけですか」


 ヴェルナーは法規の条項を目で追うと、フッと口元を緩めた。


「ですが、帳簿の数字のズレを証明するには、その鉱山が『実在し、かつ規定値以下の産出量である』ことを確認せねばなりません。……カイル様、その鉱山へ案内していただけますか?」


「ええ、もちろんです。ご案内しましょう」


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