番外編 有限の石と、循環する世界
これは、僕がノルデンに着任してすぐの頃にさかのぼる。
領主館の物置と化していた資料室で、埃をかぶり黄ばんだ古い書類を整理していた時のことだ。
僕は一枚の古びた羊皮紙に目を留めた。
「ねえセムラ。領内の奥地に『魔石鉱山』の記載があるんだけど、ここは今どうなっているの?」
「ああ、あそこですか……」
セムラは懐かしむように目を細め、それから申し訳なさそうに肩をすくめた。
「昔はそれなりに採れたようですが、とうの昔に掘り尽くされてしまいましてね。今では、たまにクズ魔石が数個転がり出てくる程度の、ただの泥穴ですよ。なんの価値もございません」
「ふーん……掘り尽くされた鉱山か」
僕は羊皮紙を眺めながら、学院で習ったことを思い返す。
「魔石には、大きく分けて二つの供給源がある。地下の鉱脈から採掘されるものと、魔獣の体内から採取されるもの」
「ほう?」
「魔獣は大気中の魔力を体内へ取り込み、それを核に蓄積する。長く生きた個体ほど、大きく純度の高い魔石を持つ傾向がある——学院ではそう習ったよ」
「なんと! そういう仕組みだったのですか」
セムラが素直に感心した声を上げた。
「お恥ずかしい話ですが、ノルデンには昔から鉱山がありましたからな。魔石とは『山から掘り出すもの』という感覚が強く、そのあたりの理屈までは……」
「普通はそんなものじゃないかな。僕だって学院で習わなければ知らなかったよ」
すると、少し離れたところで書類の埃を払っていたリーザが、くすりと笑った。
「カイル様は昔から勉強熱心でしたものね」
「そうかな?」
「そうです。ほかの方々が剣術や社交のお話をしている横で、一人で経済史の本を読んでいらっしゃいました」
「……そんなことまで覚えてるの?」
「もちろんです」
リーザはなぜか少し得意げだった。
学院に通う貴族の子弟は、卒業すれば家を継ぐ者が多い。ほかには、さらに上級の学院へ進んで、王国の官僚を目指す者もいた。
領地経営や魔石についての基礎知識も、そのための教養の一つだった。
けれど——。
(待てよ)
僕はもう一度、羊皮紙へ目を落とした。
(地下の鉱脈は、掘れば減る。いわば過去から蓄積されてきたストックだ)
一方、魔獣は大気中の魔力を取り込み、体内で魔石を作る。
(つまり魔獣由来の魔石は、今この瞬間にも自然界で生産され続けているフロー資源なんだ)
そこでようやく、学院では単なる知識として暗記していた二つの事柄が、僕の中で一本につながった。
「……なるほど」
「カイル様?」
「冒険者って、そういう仕事でもあるのか」
魔獣を討伐し、その体内から魔石を回収して市場へ持ち込む。
つまり彼らは、単なる危険な魔獣退治の専門家じゃない。
この国のエネルギー資源を循環させる、一次産業の生産者でもあるのだ。
そう考えると、危険極まりない冒険者という職業が一つの経済システムとして強固に成立している理由も見えてくる。
(学院じゃ、ここまでは教えてくれなかったな)
僕は思わず可笑しくなって微笑んだ。
知識として知っていることと、その構造的な意味を理解することは全く違う。
前世の歴史でも、それは嫌というほど経験したことだった。
(……まあ、完全に何も出ないわけじゃないなら、覚えておいて損はないか)
ノルデン旧魔石鉱山。
かつては多くの魔石を産出し、今では「ただの泥穴」と呼ばれている場所。
僕はその羊皮紙を他の不要な処分書類とは分け、執務机の引き出しの奥へと静かに仕舞い込んだ。
そして何事もなかったかのように、次の書類へと手を伸ばしたのだった。




