第45話 波紋と、王都からの足音
カラカラカラ……と、軽快な駆動音を立てて、小さな魔石を載せた荷車がノルデンの街道を駆け抜けていく。
「おーい、レイン! 今日も精が出るねぇ!」
「こんにちは! 今日もあんパンとクッキー、たっぷり積んでますよ!」
坂道をすいすいと登っていくレインの姿は、いまやノルデンの新しい名物になっていた。
そして——その革新的な光景を目にした街の人々が、黙っているはずがなかった。
「クロウさん! うちの店にもあの『すいすい動く荷車』を作ってくれ!」
「おいおい順番だ! うちの薪運びの荷台にも組み込んでほしいんだよ!」
クロウ氏の工房には、連日のように注文を手に押し寄せる商人や職人たちの行列ができていた。それどころか、噂を聞きつけた街の若い鍛冶職人や大工たちまでが「あの技術を教えてくれ!」と押し寄せてくる始末だ。
「ありがてぇ悲鳴だが……カイル様。これじゃあ注文の対応だけで手が一杯で、例の『小型魔導農具』の開発にまったく手が回りませんぞ……」
額の汗を拭いながら、クロウ氏が困り顔で僕に相談してきた。
(なるほど……イノベーションが起きると、次にや
ってくるのは『生産能力の限界』か)
僕は腕を組んで考えを巡らせた。
「よし、クロウさん。領主館として『技術者支援』の予算を出すよ。工房の拡大資金と、材料費の補助だ。弟子や他の工房の職人たちも積極的に受け入れて、あの『アシスト機構』の作り方を標準化して教えてあげてほしい」
「おおっ! 資金を出していただけますか! それなら若手を育てながら、量産化の道も開けますな!」
職人一人の技術から、ノルデン全体の産業へ。僕がいなくなってもこの街が自立して回り続けるためには、技術の標準化と共有が絶対に不可欠だ。
「それと、新しい荷車が行き渡るまでは、物流の仕組みを二つに分けよう」
「二つ、ですかな?」
「うん。一つは商店や工房向けに、荷車そのものを時間単位で貸し出す『荷車貸出所』だ。毎日使うわけじゃない店なら、必要な時だけ借りればいい。そしてもう一つは、個人や少量荷物のための『定期巡回便』。レインたち配送手が『月曜と木曜は東区、火曜と金曜は西区』という風に決まった時間を巡回して、荷物を預かって届けるんだ」
「なるほど! 『道具を借りる』のか、『運んでもらう』のかを選べるわけですな! 荷車を所有しなくても、誰もが物流の恩恵を受けられる……素晴らしい仕組みだ!」
クロウ氏が感心したように膝を打つ。
さらに、荷車が街中を走り回るようになったことで、もう一つの課題も見えてきていた。
(荷車が増えれば、今度は『道路の整備』が必要になるな……。舗装されていないボコボコ道のままだと、車輪やギアの痛みが早くなる。街道の石畳化と整備事業にも着手しないと)
一つの成功が、次の課題を呼び、それが新しい事業と雇用を生んでいく。
次から次へとやるべきことがあふれてくるが、それはノルデンが確実に大きく、豊かになっている証拠だ。
「ふふ、嬉しい悩みだな……」
僕が充実感に浸りながら計画書をまとめていた、その時だった。
バタン! と勢いよく執務室の扉が開いた。
飛び込んできたのは、冷や汗をかいたセムラだった。
「カイル様大変です……! 王都から、急報が入ったぞ!」
「セムラ? 一体どうしたんだい?」
セムラは手にした手紙を震える手で掲げ、悲壮感の漂う声で叫んだ。
「——近々、王都からノルデンへ『領地監査官』が派遣されるそうだ!」
「……」
セムラの顔は真っ青だった。
けれど僕は、その言葉を聞いて——驚かなかった。
(……とうとう来たか)
むしろ、思っていたより遅かったくらいだ。
こしあんパンが売れ始め、商人がノルデンへ出入りするようになった頃から、いつかこうなるだろうとは考えていた。
税収が増え、人が増え、新しい産業が生まれ、今では見慣れない魔導荷車まで街を走り回っている。辺境の貧乏領地で突然これだけの急成長が起きれば、中央政府が調べにくるのは当然の権利であり、至極まっとうな政策だ。
「それで、いつ来る?」
「カイル……様?」
「監査官だよ。到着予定日は?」
僕は机の上に広げていた羊皮紙を静かに閉じた。
発展すれば、必ず中央から見られる。そこまでは織り込み済みだ。
問題は——誰が、何の目的を持って来るのか。
「……セムラ、派遣される監査官の名前と、その人物のバックボーンについて、大至急調べてくれ」
「は、はいっ! すぐに手配いたします!」
窓の外を見やれば、賑わうノルデンの街並みが広がっている。
僕たちが起こした小さな波紋は、ついに王都という巨大な湖を揺らし、次なる風となって返ってこようとしていた。




