第44話 魔法の荷車と、広がる地平
カンッ……と、最後のボルトを締め込む金属音が工房に響いた。
「——よし! これで完璧だぞ、カイル様!」
「完成……したんだね!」
真夏の陽射しが降り注ぐ工房の前に置かれたのは、試行錯誤の末に生まれた『試作四号機』。
車軸に組み込まれた小型の魔導機関には、僕が調整を重ねて生成した、最小限の小さな低品質魔石が静かに収まっている。
呼び出されたレインが、ゴクリと唾を呑み込んで取っ手を握った。
荷台には、いつも通りの重量の荷物が満載されている。
「……いきます!」
レインが足を踏み出し、坂道へと差し掛かった。
カチリ、と負荷を検知した内部のギアが噛み合い、魔導機関が静かな駆動音を立てる。
「……っ!?」
レインの目が丸くなった。
「かるっ……! なんですかこれ!? 平地を歩いてるみたいです……うわ、坂道なのに、全然重くない!!」
「走るでない、アホう! 試運転じゃぞ!」
あまりの軽さにテンションが上がって思わず駆け出そうとしたレインを、クロウ氏が怒鳴りつける。
その光景を見て、僕とリーザは顔を見合わせて思わず吹き出した。
今度は暴走もしない。人が引く力に寄り添うように、滑らかに車輪が回転し、坂道をすいすいと登っていく。
「やった……やったぞ、カイル様! これなら……これなら、今までよりずっと多く往復できます! これまで3往復で限界だった坂道も、5往復以上行けそうです!」
坂の上で荷車を止めたレインが、少年のような眩しい笑顔で振り返った。
「配送の仕事って、本当に楽しいんです。街の端っこに住んでる足の悪いおばあちゃんや、お店の人たちが、荷物を届けると『いつもありがとう』って笑ってくれるから。僕、この仕事にすごく誇りを持ってるんです。……カイル様、クロウじいちゃん、本当にありがとうございます!」
汗を拭いながら深々と頭を下げるレインの言葉に、胸が熱くなる。
楽をさせるためだけじゃない。彼らの「誇り」と「想い」を支えるための技術だったのだと、心から思えた。
◇
「ふう……一時はどうなることかと思ったが、なんとかなったな」
夕方、工房の作業台で冷えたお茶を飲みながら、僕はしみじみと呟いた。
成功した『アシスト荷車』は、ハンスさんの工房で量産体制に入り、さっそく街の配送手に配られ始めている。これで夏の配送危機は完全に乗り越えられるはずだ。
「うむ。人の力を邪魔せず、必要な時だけ小さな魔石で助ける……。この制御技術は、我が工房にとっても大きな財産になりましたわい」
クロウ氏も満足そうに髭を蓄えた顎をさする。
クロウ氏の工房に蓄積された、機械と制御の技術。
そして、僕が掴んだ「魔石」の扱い方。
これまでは漠然と「純度の高い強力な魔石」を作ることばかり考えていた。だが、社会を動かすのは強力な一発ではない。
軍事や大型設備には【高品質】。
工房や商業設備には【中品質】。
そして、日常の道具や小型機器には【安価な低品質】。
用途に合わせて適量のリソース(魔石)を供給する。それこそが、領主であり生産者である僕の果たすべき「供給のバランス」なのだと分かった。
「……ねえ、クロウさん。この技術って……うまくいけば『農機具』にも活かせるんじゃないかい?」
「ほう……? 農機具、ですかな?」
「ああ。1年前と違って、今のノルデンの畑は何倍にも広がっている。秋になれば収穫量も段違いになるはずだ。でも、あの巨大な魔道農機具はコストが高くて何台も増やせないし、狭い畑や細かい作業には向かないだろ?」
僕は作業台の羊皮紙に、簡単なクワや手押し耕作機の絵を描いた。
「もし、この小型のアシスト機構を農具に取り付けられたら……? 人の力で耕しつつ、硬い土の時だけ魔石がアシストしてくれるような『小型魔導農具』ができたら、畑仕事をするみんなの負担が一気に減るんじゃないか!?」
クロウ氏は一瞬ハッと目を見開き、それから描かれた図面を喰い入るように見つめた。
「……全自動の巨大機械ではなく、一人ひとりの農民が手元で使える『小型の補助農具』……! それなら安価で量産でき、どんな小さな畑でも導入できますな!」
クロウ氏はゴーグルをカチャリと目元に下ろし、不敵な職人の笑みを浮かべた。
「カイル様……そいつぁ、また腕が鳴りますな!」
荷車一台の改善から始まった小さな技術革命は、今やノルデンの基幹産業である「農業」の未来をも、大きく塗り替えようとしていた。




