第40話 人手不足と、一人のリーザ
「うーむ……」
領主館の執務室で、僕は頭を抱えて唸っていた。
特大リアカー作戦は大失敗に終わった。
ならば、解決策は至極単純だ。
一台に積めないなら、台数を増やす。一人で運べないなら、一人あたりの量を減らす。
「まずは……それでやってみよう!」
僕はさっそくハンスさんの工房に小さめの荷車を複数台発注し、同時に領主館の名で『配送員募集』の貼り紙を出した。
荷物を少量に分割し、人数でカバーする。
——人さえ、いれば。
「……集まらない」
数日経っても、応募者はほんの数人。まったく足りていなかった。
理由を探るべく、僕は畑や職人街へ足を運び、領民たちの意見を集めて回ることにした。
「そりゃあ……配送の仕事はきついですもん」
畑で汗を流していた中年の農夫が、申し訳なさそうに言った。
「なにせレインみたいな体力のある若い男は、だいたい街を出て冒険者になっちまいましたからねぇ。あの坂道を重い荷車引いて街を一日中歩き回るのは、俺たちみたいな中年や年寄りにはちとキツいっすよ」
「それにさ、カイル様」
通りがかった大工の棟梁も苦笑いを浮かべる。
「今じゃあハンスの工房もシュルツの食堂も、畑も商店もどこも手一杯で人を欲しがってる。仕事の選択肢が増えたから、わざわざ一番体力を使う運搬の仕事を選ぶ奴がいないんですよ」
「そうか……仕事が増えて、選択肢が増えたから、か……」
僕は思わず額を押さえた。
貧しい土地では、仕事を作れば人が集まる。
そんな単純な段階を、ノルデンはもう通り過ぎていたのだ。
産業が育ち、雇用が生まれた結果、労働市場そのものが変化した。今や雇う側が、働き手から選ばれる段階に入っている。
これもまた、ノルデンが豊かになった確かな証拠ではあるのだが——。
◇
「う〜〜〜〜む……」
執務室に戻った僕は、机に突伏して本日何度目かの唸り声をあげていた。
「大丈夫ですか……? カイル様」
トレイに乗せた温かいお茶を運びながら、リーザが心配そうに覗き込んでくる。
「あ、リーザ……ありがとう。いやあ、八方塞がりでね。荷物を小分けにしても、それを運ぶ『人』がいないんだ」
お茶を一口すすり、僕は深々と溜め息をついた。
「はぁ……リーザが100人いたら、物流問題なんて一発で解決するんだけどなぁ」
なにせ彼女の【身体強化】があれば、あの坂道だろうが荷車を指一本で軽々と押し上げてしまうだろう。
「まあ! カイル様ったら……!」
リーザの顔が瞬く間に朱に染まった。照れ隠しに両手で頬を押さえ、もじもじと身をよじる。
「わ、わたくしが100人もいたら、カイル様のお世話をするのが大忙しになってしまいますわ……!
それに、その……カイル様の取り合いになってしまいますし……!」
「あはは、そっか。僕が大変すぎるか……」
想像してみて、僕は思わず身震いした。
【身体強化】を持った怪力リーザが100人に囲まれ、「カイル様!」と迫られる光景。助かるどころか領主館が物理的に粉砕されかねない。
「撤回するよ。やっぱ、リーザは一人で十分だ」
「……っ、カイル様……」
まっすぐ目を見て言うと、リーザは耳まで真っ赤にして湯気を立てた。照れくさそうに視線を泳がせる姿が、なんとも愛おしい。
一人で十分。
……そう、リーザは一人しかいない。
(……待てよ?)
僕の頭の中で、バラバラだったピースが急激に繋がり始めた。
人手は増やせない。
レインたちの体力を削るわけにもいかない。
だが、もし——かつて自分の力を恐れていたリーザが、その恵まれた力で僕を助けてくれたように。
『リーザの力』のような補助的な動力を、人ではなく「荷車そのもの」に与えることができたとしたら……?
(せめて、リーザの力を荷台に与えられたら……)
「……そうか! 浮かんだぞ!」
僕はバンッとデスクを叩いて立ち上がった。
「カイル様!?」
目を丸くするリーザを置き去りにして、僕は前世の知識とこの世界の「ある技術」を脳内で一気に結びつけ始めていた。




