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【改稿版】スキル『魔石生成』で追放された僕、国から役に立たないと切り捨てられた辺境で「あんぱん」を作ります ~貧困領地が大発展していくまで~』  作者: きいろい なつ
新しいあんぱん開発、流通編

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第36話  波紋と新しいパン


 「カイル様、ちょっとこれ、食べてみてくれませんかね」


 領主館の執務室。ハンスさんが少し照れくさそうに、かごを差し出してきた。


 布をめくると、香ばしい油の匂いと、甘く濃厚な香りがふわりと広がった。


 かごの中に並んでいたのは、表面に砂糖がまぶされた黄金色の丸い揚げパンと、香ばしく焼き上げられたパンの切れ目から、たっぷりのあんと黄色い塊が覗くパンの二種類だった。


「これは……?」


「ハンスさん、とってもいい匂いですわ!」


 同席していたリーザが、目を輝かせてかごを覗き込む。ハンスさんは頭をかきながら笑った。


「実はな、水路が直ってあんこも手軽に作れるようになったろ? 工房の若い奴らが仕込みの合間に

『余ったパン生地であんを包んで、油で揚げたら美味いんじゃねえか』って言い出してな。賄いで作ってみたら、これが恐ろしいほど美味かったんだよ」


「へえ、揚げパンですか!」


「おう。そんでもって、もう一つは近所の酪農家から『試作に使ってくれ』って分けてもらった貴重なバターを挟んだやつだ。塩気のあるバターと、甘いあんこ……これも若手と試行錯誤して作ってみたんだが……」


 カイルとリーザは顔を見合わせ、さっそくひとつずつ手に取った。


「では……いただきます」


 サクッ。


 一口かじった瞬間、心地よい歯ごたえとともに、温かい生地の甘みと漉しあんのなめらかなコクが口いっぱいに広がった。揚げてあるのに重くなく、まぶされた砂糖のジャリッとした食感が絶妙なアクセントになっている。


「美味しい……! カイル様、こちらのバターを挟んだ方も凄いですわ! バターの濃厚な塩気が、あんこの甘みを引き立てて……手が止まりません!」


 リーザが頬を緩ませ、心底嬉しそうにパンを味わう。

 カイルもまた、揚げパンを飲み込むと、大きく感嘆の息を吐いた。


「素晴らしいよ、ハンスさん。パンを『腹を満たすための食料』から、『味わいを選ぶ楽しみ』に変える最高のアイデアだ」


「へへっ、そう言ってもらえると若手も浮かばれますよ! で、これを正式に売り出したいんだが……」


 ハンスさんはそこで少し眉をひそめ、声を潜めた。


「……ただ、大量に作るとなると、一番のネックが『油』なんだ。今のノルデンじゃ食用油は貴重品でな。油代を乗せると、どうしても普通のあんパンよ

り値段が高くなっちまう」


「……なるほど。それにバターだって、今はあの酪農農家さんから分けてもらえる分だけだから、大量生産は難しいですね」


 カイルは腕を組み、少し考えてから頷いた。


「よし。なら無理に安くして大量に売るんじゃなく、ターゲットを絞って『数量限定』で売り出してみよう」


「ターゲットを絞る、ですか?」


「ああ。『あん揚げパン』は少し高くなるけれど、エネルギーが欲しい若い職人や労働者向けに。『あんバターパン』はバターの仕入れに合わせて『一日二十個限定』にして、少し余裕のある旅商人や自分へのご褒美用にしてみるんだ。どれくらい受け入れられるか、まずは反応を見てみよう」


「なるほど……! 工房の油や材料の限界に合わせて、売り方を変えるんですな!」


「そうさ。ハンスさん、君たちの工房の職人たちが、この街の新しい可能性を開いてくれたんだよ」


 カイルの言葉に、ハンスさんは誇らしげに胸を張った。

 カイルが一人で知恵を絞る必要なんてなかった。

 カイルが作った「需要」と「環境」の中で、職人や農民たちが自らの手で新しい価値を生み出し、街が自主的に動き始めているのだ。


 ◇


 数日後。


 ハンスの工房で限定販売された二つの新商品は、狙い通りの広がりを見せた。

『あん揚げパン』は、香ばしさと満足感から若い職人や子どもたちの間で大評判となり、給料日に買い求める労働者たちの楽しみとなった。


 一方、一日二十個限定の『あんバターパン』は、その珍しさと上品な味わいから、街道を行き交う裕福な旅商人たちの間で「ノルデンの名物手土産」として口コミが広がり、連日瞬く間に売り切れるようになった。


 ノルデンの街に、確かな熱気と『選ぶ楽しみ』という豊かさが生まれつつあった。


 ——だが、その波紋は、遠く離れた王都にまで届き始めていた。



 ◇ 



 王都・内務省。


 重苦しい空気が漂う執務室で、内務尚書ガルシア子爵は、手元に届けられた報告書を握りつぶさんばかりに睨みつけていた。


「……何だ、これは」


 低い、抑えつけられたような声が響く。

 目の前に控える部下の察査官は、冷や汗をかきながら頭を下げた。


「は、報告の通りでございます、ガルシア様。ノルデン領周辺の関所および宿場町にて、原因不明の経済活性化が確認されております」


「原因不明だと……!?」


 ガルシアは机を激しく叩いた。地方行政と公共事業予算の査定権を握る内務尚書として、彼は王国内の全領地の財政を把握している自負があった。


「あの土地は……私自ら『開発投資価値ゼロ』と査定し、予算を切り捨てた死んだ土地なのだぞ!? なぜ街道の通行税収が跳ね上がっているのだ!?」


「そ、それが……現地からの報告によりますと、ノルデンで製造されている『新しい菓子パン』が周辺地域で話題となっており……それを買い付けるために、行商人や他領の職人が大量に流出入しているとのことです」


「パン……だと……!?」


 ガルシアの目が引きつる。


「……下がれ」


「は、はいっ!」


 怯えた部下が逃げるように去っていくと、ガルシアは執務室に一人残された。


 静まり返った部屋の中で、彼の顔は怒りと、それ以上に激しい焦燥で歪んでいた。


(……おかしい。何かが狂っている……!)


 爪を噛みながら、ガルシアは思考を巡らせる。

 カイルを始末するため、裏で手を回して暗殺者ローグを送り込んだ。


 報酬として渡したのは、内務省の押収品保管庫から、書類上は「鑑定中」と偽って持ち出した『王室由来の純魔石』だ。

 計画は完璧だったはずだ。

 ローグがカイルを暗殺し、その純魔石を市場で売却した時点で、すぐさま『王室の財宝を盗み出した盗賊』としてローグを指名手配し、口封じとともに回収・処分する手筈だった。


 仮にローグが逃亡しても、純魔石を売ろうとした瞬間に罠にかかる。「盗難被害者」としてすまし顔でいれば、内務省の帳簿の辻褄も合うはずだった。


 ——だが。


(ローグからの定期連絡が途絶えている……。まさか逃げたのか……!?)


 暗殺の報告もない。

 それどころか、王都や周辺都市の闇市場をいくら調べさせても、あの純魔石が売りに出された形跡すら存在しないのだ。


(なぜだ……!  なぜ暗殺は実行されず、純魔石も動かず、カイルは生きている……!?)


 ドロリとした気味の悪い汗が、ガルシアの首筋を伝う。

 カイルは生きている。

 生きているどころか、自分が「価値がない」と切り捨てた土地で、前領主の計画を拾い上げ、職人たちを動かしている。内務尚書である自分すら無視できない経済のうねりを生み出している。


(自分の知らないところで……暗殺計画そのものが、崩れているのではないか……?)


 目に見えない不気味な恐怖が、ガルシアの胸を締め付ける。


「……くそがっ……!!」


 ガルシアは絞り出すような声を上げ、机の上の書類をぶちまけた。



 ◇



「……王都も、そろそろノルデンの変化を無視できなくなる頃だろうね」


 ノルデン領主館。夜の執務室で、カイルは窓の外の静かな街並みを見下ろしながら、静かに呟いた。

 隣で帳簿を整理していたセムラが、顔を上げる。


「カイル様。……もしや、王都の内務省から何か動きがあると?」


「街道の通行量や商品の流通が増えれば、いやでも王都の帳簿に数字となって表れるからね。特に、僕をこの地に追放し、前領主様の予算要請を蹴り続けた内務尚書のガルシアなら……この不自然な変化に気づかないはずがない」


 カイルは振り返り、手元のペンを弄んだ。


「彼がどう動くかは分からない。だが、僕たちがやっていることは何ひとつやましいことじゃないんだ。職人たちが自分たちの手で生み出した価値を、正しく街の中で循環させているだけだからね」


 カイルの瞳には、焦りも恐れもなかった。


「もし王都から査察が来ようと、僕たちはこの街の現実を見せるだけさ」


 現場の職人たちが灯した小さな火種は、もはや誰にも止められない大きな経済のうねりとなっていた。


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