第33話 つなぐ知恵と、次の仕掛け
「ハンスさん、できました!」
息を切らせて工房へ飛び込んできた僕の手には、シュルツさんから教わり、持ち帰った『こしあん』の入った壺があった。
「カイル様、そりゃあ一体……」
「ツヴィックの製法から着想を得た、新しいあんこ……『こしあん』です! これを使えば、皮の食感が苦手な人にも食べてもらえるパンが作れます!」
ハンスさんは一瞬呆気にとられたが、職人の目になるとすぐにその壺を受け取り、中身をヘラですくって舐めた。
「……! 皮がねえ……!? 口に入れた瞬間、なめらかに溶けていきやがる……!」
「さっそくあんぱん作りましょう。ハンスさん!」
僕たちはすぐに作業に取りかかった。
ハンスさんが手際よく仕込んだ生地に、たっぷりとこしあんを包み込み、窯へと放り込む。
香ばしい匂いが工房を満たし、やがて綺麗な焼き色のついた焼き立てのパンが姿を現した。
「さあ、食ってみてください、カイル様!」
ハンスさんに促され、焼き立てを一口かじる。
「う、美味い……! 皮が舌に残らない。口に入れた瞬間、パンとあんが一緒にほどけていく……!」
「ああ……こいつは凄え。口の中で生地となめらかに溶け合いやがる……!」
ハンスさんも感心したように唸り、焼き上がったパンをじっと見つめた。
しかし次の瞬間、ハンスさんはハッと我に返ったように眉をひそめた。
「……だがカイル様。これ、一個仕込むのにどれだけの手間がかかってんだ?」
「え?」
「こして、水にさらして、沈殿を待って、布で絞る……。シュルツの腕があっても、一日に作れるあんの量には限界があるぞ。こんな手間ヒマかけてちゃ、一日に作れる数が限られちまう」
ハンスさんの指摘は正論だった。
手作業での「こし」と「絞り」はあまりにも労働集約的だ。一個作ることと、何百個も作って売ることは、まったく別の問題なのだ。
だが、僕はフッと笑った。
「大丈夫です、ハンスさん。最初から何百個も売る必要はありません」
「へ……? でも、売らなきゃ儲けが出ねえだろ?」
「思い出してください。ルージュクッキーの時のことを」
「ルージュクッキー……?」
僕は指を一本立てた。
「あのクッキーだって、最初は材料も限られていて、一日に少ししか作れませんでした。だからこそ『一日限定〇個』として販売を始めた。それが今や、工房の看板商品として定着し、毎日当たり前のように売れるようになったじゃないですか」
「……あ」
ハンスさんが膝を打った。
「そうか……! 最初から無理に大量生産しなくていいんだな」
「はい。まずは『数量限定』として売り出します。手作業で作れる範囲から始めて、お客さんの反応を見ましょう」
「なるほどな……! 限定販売でしっかり利益を出しながら、次へ繋げるわけだ」
「ええ。ですが——問題は『こす』作業そのものです。ここを人の手だけに頼っている限り、いずれ数は頭打ちになる」
「じゃあ、どうするんで?」
「人の手で押すから、時間がかかるんです」
僕は工房の隅に置かれた、粉挽き用の小さな魔導機へ目を向けた。
「機械にやらせればいい」
「き、機械に……!?」
「手作業のこし器から、まずは改良型の器具へ。そしていずれは、魔石で動く専用の製餡機を作る」
魔石は単なる換金アイテムじゃない。
生産性を爆発的に跳ね上げるための『動力』だ。
シュルツさんの技術。
ハンスさんのパン。
人の持っている価値を見つけ、繋ぎ、新しい仕組みに変えていく——それこそが、僕のやるべき仕事だ。
「よし! そうと決まれば、まずは明日、試作の『漉しあんパン』を限定十個で出してみましょう!」
「おうよ! お客さんがどんな顔するか、今から楽しみだぜ!」
ノルデンの新たな看板商品への第一歩が、いま静かに踏み出されたのだった。




