第31話 試作は難航中
(こしあんだ……! そうだ、こしあんだ!!)
なめらかな舌触り。喉をすっと通っていくあの感覚。
前世の記憶に眠っていた『もう一つのあんこ』の存在が、脳裏に鮮烈に蘇っていた。
(皮を取り除くのじゃない……潰して、漉せばよかったんだ!)
食事の途中だというのに、歓喜と興奮で全身の震えが止まらない。
急に震え出した僕を、食堂の店主が引きつった顔で見つめている。
「あ、ありがとう! 店主! ごちそうさま!」
「え、あ、はいっ! ありがとうございまし
た!?」
僕は銅貨を置き、弾かれたように店を飛び出した。
◇
「……カイル様、何をしているのですか?」
屋敷の厨房。
エプロン姿で腕を捲り上げた僕を見て、リーザが呆れたような、どこか素っ気ない声をかけた。
「ルージュ豆を茹でて、裏ごしするんだ! なめらかなあんこを作るんだよ!」
「はあ……」
そこから、何度も試行錯誤が始まった。
茹でた豆を潰し、網ですり潰してみる。だが、思うような滑らかさにならない。水気が足りないのか、すり潰す網の目が粗いのか、あるいは煮込み時間が足りないのか。
水分が多くなりすぎてドロドロのスープ状になってしまったり、逆に焦げ付いて苦くなったり。
(くそっ……うまくいかないな……)
僕は、菓子職人ではない。
概念は知っていても、具体的な『火加減』や『水分量』の調整なんて、素人の勘でどうにかなるものではなかった。
ふと横を見ると、手伝ってくれているリーザが黙々と豆を洗っている。
その横顔は、どこか余計な感情を削ぎ落としたように静かだった。
(……あ)
胸の奥が、ちくりと痛んだ。
思い出す。あの日、中庭で彼女に稽古をつけてもらったあとのやり取り。
彼女が僕に示してくれた、まっすぐで切ない問いかけ。
あのあと春祭りの準備やあんパンの販売、領地の仕事に追われ、返事をもやもやと引き延ばしたままにしてしまっていた。
(逃げていたわけじゃない。……だけど、うやむやにしていい問題じゃなかった)
気まずい沈黙のなか、焦げ付いた鍋を前に僕が頭を抱えていると、リーザがふうと小さく息を吐いた。
「……カイル様。提案があるのですが」
「あっ……。なんだい?」
今度は僕の声がひっくり返ってしまった。
「このままでは、ただ材料を無駄にしてしまうだけですわ。その料理人さんにやり方を聞けばよろしいのでは?」
「ッ……!!」
雷に打たれたような衝撃だった。
そうだ。僕は一人で抱え込んで試行錯誤しようとしていた。だが、専門的な調理技術なら、プロの料理人に教わるのが一番手っ取り早く、確実だ。
(僕の完全な盲点だった……!)
「ありがとう、リーザ! 本当に君はすごいよ!」
僕が思わず彼女の手を取ると、リーザは少しだけ目を見開き、そっと視線を落とした。
「……別に。当たり前のことを申し上げただけです」
少し距離を感じるその声に、僕はゆっくりと手を離した。
「……リーザ」
「はい」
「この前のこと、忘れてないから」
リーザの手が、ぴたりと止まった。
「…………」
「ちゃんと考えてる。だから、その……」
僕は視線を泳がせ、焦げついた鍋を見た。
「これが完成したら、話をさせてくれないか」
「……あんパンが完成したら、ですの?」
「…………変かな」
「少しだけ」
リーザが、久しぶりに小さく微笑んだ。ふっと張り詰めていた肩の力が抜け、柔らかい空気が二人の時間間に戻ってくる。
「でも、カイル様らしいですわ」
「……待っていてくれる?」
「はい」
彼女の返事に胸を撫でおろし、僕は力強く頷いた。
「よし……! さっそくあの食堂へ戻ろう!」




