第25話 闇を穿つ刃
『いつか俺も、親父みたいな冒険者になるんだ!』
幼い頃の俺は、どこまでも広くて頼もしかった父の大きな背中をずっと追いかけていた。
いつか自分も、あの背中のように強く、誰かを守れる存在になれるのだと信じて疑わなかった。
父の帰りを待ちながら、毎日、手にタコができるまで木の棒を振り回して鍛錬を重ねた。
『楽しみにしているぞ、ローグ』
帰還した父が、大きな手でぐしゃりと自分の頭を撫でてくれた時の温もり。
だが——その夢が叶うことは、永遠になかった。
十五歳の頃。冷たい雨が降りしきる日だった。
腕利きだったはずの父は、討伐の最中に想定外の魔獣の群れに襲われ、命を落とした。
骨ひとつすら、遺族のもとには残らなかった。
残されていたのは——ギルドから渡された僅かばかりの遺品と、この一本の短剣だけだった。
残された幼い妹たちと、病身の母。
あの日を境に、夢を追う少年ローグは死んだ。
生きていくため、家族を食わせていくためなら何でもやった。裏通りの用心棒、泥棒の警護、そして——刃を人に突き立てる暗殺者の仕事。
気づけば俺は、父のような「誰かを守る冒険者」ではなく、陰から人を刺す「殺し屋」になっていた。
「…………」
広場を見下ろす時計塔の陰から、視線を眼下へ戻す。
あの少年領主の周りには、腹を満たし、安心して笑う大人たちと子供たちの姿があった。
『この冬、ノルデンでは餓死者が一人も出なかった』
王都を出る前に聞いた噂。死にかけた捨て場のはずの領地で、人々が生きて、笑っている。
親父が生きていたら、こんな街をどう思っただろうか。
もし俺の家族が、こんな街に住めていたとしたら——。
一度目を閉じ、胸の奥に芽生えかけた甘い感情を振り払うように冷たい息を吐き出した。
(……くだらないことを考えた)
俺は殺し屋だ。金を貰い、標的を仕留める。それ以外の生き方など、もう残されていない。
「まあいい。街の構造と標的の動線は把握した。……殺すのは、いつでもできる」
短剣から手を離すと、誰にも気づかれることなく、風のように屋根の上の影から姿を消した。
◇
夜。領主館の自室で、カイルはベッドの上に横になり、静かに天井を見つめていた。
「ふぅ……」
昼間に起きた広場での大騒動を思い返す。
移動販売車という新しい商法を提示し、頑固親父のハンスと青年のレインの間に入って丸く収めた。領地内の販売網を広げる足がかりもできた。だが——。
ゴロリとベッドの上で寝返りを打ち、深く溜め息を吐く。
(やはり、早急になんとかせねばならんな……警備隊を)
街が急成長し、人や金が動けば動くほど、治安の維持は死活問題になる。
今日は経営的・制度的なアプローチで解決できたが、もし武力や暴力を伴う凶悪な事件が起きた時、現在のノルデンにはそれを抑え込む組織も人材も圧倒的に不足している。
(まともな規則と、それを正しく運用する警備隊。近いうちに信頼できるリーダーを探して立ち上げないと、いつか取り返しのつかない事故が起きるぞ……)
思考を巡らせるうちに、昼間の疲労がじわじわと身体を蝕み、視界が重くなっていく。カイルは少しずつ、深い眠りへと落ちていった。
部屋の隅で灯っていた蝋燭の火が小さく揺れ、やがて静かに消えた。
◇
深夜。しんと静まり返った領主館の外壁を、一筋の黒い影が音もなく這い上がっていく。
ローグだ。
昼間の混乱に乗じて、館の外壁と窓枠には目立たない刻み傷——侵入用の目印をつけておいた。
手慣れた動作で無音のまま窓の鍵を外し、すするっと室内へと滑り込む。
(間違いない……ここがガキの寝室だ)
暗闇に目が慣れていくにつれ、部屋の全貌が浮か
び上がってくる。
部屋の中央に置かれた天蓋付きのベッドには、掛け布団がふんわりと膨らみ、静かな寝息が聞こえていた。
ローグは腰の鞘から、手入れの行き届いた短剣を音もなく抜き放つ。
父の形見であるその短剣は、かつて人を守るために振るわれるはずだった。だが今のローグにとっては、家族を食わせるために人の命を刈り取るただの「道具」でしかない。
月光を反射し、冷ややかな刃先がギラリと暗闇に光った。
(……これを成功させれば、大金が入る)
王都の依頼主から約束された莫大な報酬。それさえ手に入れば、病身の母に上等な薬を買い、幼い妹たちに温かい服と腹いっぱいの飯を食わせてやれる。
昼間に見た、あの温かな街の光景が頭をよぎる。……だが、俺には暗闇の道しか残されていないのだ。
それでも、仕事に私情は持ち込まない。
ローグは短剣を両手で握り締めた。
胸の奥で揺れる迷いを断ち切るように、一息。
そして——。
布団の膨らみに向かって、一気に刃を振り下ろした。
ドスッ……!!




