第18話 職人がいないなら
「……ふむ。工房の拡大、設備の導入、そして新規雇用と教育期間中の賃金保障……」
領主館の執務室で、僕は羊皮紙にサラサラと数字を書き連ねていた。
傍らに置かれた小さな袋には、僕が生成した高品質な魔石が数個。
「必要な分だけ換金し、事業の初期投資へ回す。無暗に市場へ流せば貨幣価値が狂うが、生産能力を作るための限定的な投入なら、経済を正しく循環させるエンジンになる」
「あの……カイル様? 難しそうな計算をされておりますが、まずは『パン職人』を探さなければならないのでは……?」
心配そうに覗き込んでくるのは、僕の婚約者であり相棒のリーザだ。美しい銀髪を揺らし、薄紫の瞳を不安げに揺らしている。
「ノルデンは貧しい街ですわ。職を求めている方は大勢いますが、パンや菓子を作れる熟練の職人なんて、街には片手で数えるほどしか……」
「大丈夫だよ、リーザ。職人がいないなら、職人でなくてもできる仕組みを作ればいい」
「……はい?」
首をかしげるリーザに、僕はずらりと並べた工程表を示した。
「一つの製品を作るすべての工程に、職人の熟練した技が必要なわけじゃない。作業を分解するんだ」
僕が羊皮紙の上に書いた工程を、リーザの細い指がゆっくりとなぞっていく。
「材料を運ぶ。豆を選ぶ。洗う。量る……。これなら、パンを焼いたことのない方でもできますわね」
「そう。包装や清掃だって同じだ。まずはそこを未経験者に任せる」
僕はその隣に、もう一本線を引いた。
「少し教えれば、餡の仕込みや生地の分割、成形まで任せられるようになる。だけど――」
最後に残った工程を、ペン先で軽く叩く。
「配合、発酵の見極め、そして焼き上がりの判断。ここだけは経験がいる」
「……なるほど」
リーザの薄紫の瞳が、ぱっと輝いた。
「十人のパン職人を探す必要なんてないんですのね」
「そういうこと。一人の熟練した職人に、十人分の仕事をさせるんじゃない」
僕は工程表を横へ滑らせた。
「一人にしかできない仕事だけを、その一人に任せればいい」
「まあ……!」
リーザがぽん、と手を打った。
店主には、ただパンを焼いてもらうのではない。 配合や発酵を見極め、働き始めた者たちに技術を教える――いわば工房全体の『先生』になってもらうのだ。
これなら職人が少ないノルデンでも、生産量を増やせる。同時に、これまで仕事のなかった領民にも賃金を払える。
――だが。
僕のペン先が、最後の一文字で止まった。
焼成。
「……ここだな」
「焼き加減、ですか?」
「ああ。窯は増やせる。けれど、焼き上がりを見極められる人間までは増やせない」
リーザが再び考え込む。
だが僕には、心当たりがあった。
魔石の普及によって仕事を失いつつある、ノルデンの古い職人たち。
「リーザ。――『火守り職人』を集めよう」
「火守り職人……?」
そう。
仕事は失っても、彼らが何十年も培った技術まで消えたわけじゃない。




