第3話 ジークの言葉
しばらくの間、みんなで静かにその花に見入っていた。
風が通り抜け、薄紅色の花びらが一舞、ジークの鼻先をかすめてひらひらと舞い落ちる。
それを指先で受け止めたジークが、ふと、空を見上げた。
いつもなら「綺麗だな」「酒の肴に良さそうだ」と豪快に笑うはずの彼が、見たこともないほど遠い目をして、呆然と佇んでいる。
そして——。
「……さ、くら……?」
かすれた、小さな呟きだった。
カイルの背筋に、氷を押し当てられたような衝撃が走った。
「……!? ジーク……今、なんて言った……?」
カイルは思わずジークの腕を掴み、その顔を覗き込んだ。自分の声が震えているのが分かる。
「え? あ……いや……」
ジークはハッと我に返ったように瞬きをし、頭をぽりぽりと掻いた。
「なんだろうな……勝手に口から出たんだよ。この花を見てたら、なんか急に……頭の中に、その響きが浮かんできてさ」
「……『さくら』……と、言ったんだね?」
「……ああ。……なんで俺、そんな言葉知ってるんだろうな?」
ジークは不思議そうに自分の掌に載った薄紅色の花びらを見つめている。
(……なぜだ……!?)
カイルの胸の鼓動が、早鐘のように打ち鳴らされていた。
カイルは一度たりとも、この花を見て「サクラ」などと声に出してはいない。ただ心の中で「八重桜に似ている」と思っただけだ。
それなのに、この世界の住人であるはずのジークの口から、明確に日本語の——『さくら』という言葉が溢れ出た。
(ジークは……一体何者なんだ……? なぜ、この世界の人間が『さくら』を知っている……!?)
「どこで聞いたんだい!? 誰かに教わったのか!? それとも、以前にもこの花を見たことが……!」
「お、おい……どうしたんだよ、カイル……?」
ジークは困惑したように眉を寄せた。
「なんで、そんな……カイル……」
その瞬間。
「……っ!」
ジークの表情が歪んだ。
掌に載っていた薄紅色の花びらが、ふわりと風にさらわれる。
「……ジーク?」
「……頭……」
ジークは片手で額を押さえた。
「頭……いてぇ……っ!」
「ジーク!?」
もう片方の手まで頭に押し当て、ジークが苦しげに身体を折り曲げる。
「くっ……なんだ、これ……っ! 何か……何かが……!」
「ジーク! 無理に思い出さなくていい! もう聞かないから……!」
「……っ、あ……!」
ぐらり、と長身が傾いた。
カイルが咄嗟に手を伸ばす。
「ジーク!!」
しかし、支えきれない。
ジークはそのまま膝から崩れ落ち、薄紅色の花びらが散る地面へと倒れ込んだ。
「ジーク!! しっかりして!!」
返事はなかった。
ただ、春の柔らかな風だけが、何事もなかったかのように花々を揺らしていた。




