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ハズレスキル『魔石生成』で追放された僕、辺境で「あんぱん」を作ります ~貧困領地が大発展していくまで~  作者: きいろい なつ
ノルデンの冬編

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番外編 兄ちゃんと、難しい問題


 ある日の夕暮れ。

 警備隊の仕事を終えたローグは、家族の待つ家へと帰ってきた。


「ただいま」


「兄ちゃん! おかえり!」


 弟と妹が、ぱたぱたと駆け寄ってくる。


「今日は早かったね!」


「ああ。巡回が予定より早く終わったからな」


 ローグは二人の頭を軽く撫でた。

 以前は、こんな時間に家へ帰ることなど考えられなかった。

 家族を食べさせるため、危険な仕事に手を染めていた頃。

 夜になれば家を空け、朝になっても帰れる保証などなかった。

 だが、今は違う。

 警備隊の仕事がある。

 毎月、決まった給金が支払われる。

 そして、こうして家族と夕食を囲むことができる。


「兄ちゃん、あのね!」


 妹が一冊のノートを差し出した。


「今日、これ習ったの!」


「……ん?」


 ローグはノートを覗き込んだ。

 そこには、数字がいくつも並んでいた。


「……算術か」


「うん! でも、ここが分からなくて……」


「どれ」


 ローグは椅子に腰を下ろした。


「えっとね。リンゴが十二個あって、三人で同じ数ずつ分けると、一人何個になるでしょう、だって!」


「……四個だな」


「正解!」


 妹が嬉しそうに笑う。


「兄ちゃん、すごい!」


「……まあな」


 ローグは少しだけ得意げに頷いた。

 しかし。


「じゃあ、こっちは?」


 弟が次の問題を指差した。


『一つ十二銅貨の商品を三つ買い、五十銅貨を支払いました。お釣りはいくらでしょう』


「…………」


 ローグの目が止まった。


「……十二が、三つ」


「うん!」


「……三十六だな」


「そう! じゃあ、お釣りは?」


「……十四だ」


「兄ちゃん、やっぱりすごい!」


「……当然だ」


 ローグは平然と答えた。

 だが、内心では少し冷や汗をかいていた。


(……暗算ならまだ何とかなるが)


 次の問題を見た瞬間、ローグは完全に固まった。


『一日に三枚の銅貨を貯めると、四十日後には何枚になるでしょう。ただし、そのうち四分の一を使ったものとします』


「…………」


「兄ちゃん?」


「…………」

「どうしたの?」


「……少し待て」


 ローグは真剣な表情でノートを見つめた。


(……四分の一?)


 聞いたことはある。

 だが、説明しろと言われると難しい。

 弟と妹が期待に満ちた目でこちらを見つめている。


「……兄ちゃん?」


「……明日、教える」


「えーっ!」


「……今日はもう遅い。夕食にするぞ」


 ローグは静かにノートを閉じた。


 その翌日。


「……エドワード殿」


「はい?」


 領主館の執務室。

 エドワードは、書類から顔を上げた。


「少し、聞きたいことがある」


「珍しいですね。何でしょう?」


「……算術だ」


「……算術?」


 エドワードが瞬きをした。


「警備隊の予算についてでしょうか?」


「いや……」


 ローグは懐から、折り畳まれた紙を取り出した。


「……弟と妹の勉強を見ていたんだが」


「ほう」


「……分からない問題があった」


 エドワードは紙を受け取った。

 そこには、少し歪んだ文字で算術の問題が書かれていた。


「……なるほど。分数ですね」


「……分数」


「ええ。例えば、四分の一というのは、全体を四つに等しく分けたうちの一つ、という意味です」


 エドワードは机の上に紙を広げ、ペンを取った。


「まず、一日に三枚ずつ、四十日間貯めると百二十枚ですね」


「……ああ」


「その四分の一は三十枚です。ですから、残るのは九十枚となります」


「……なるほど」


 ローグは真剣に頷いた。


「だが、なぜ四で割る?」


「四つに等しく分けたうちの一つだからです。では、実際に図にしてみましょう」


 エドワードは円を描き、四つに区切った。


「このうち、一つ分が四分の一です」


「……ああ」


「そして、残りの三つ分が四分の三になります」


「……そういうことか」


 ローグの表情が、わずかに明るくなった。


「……分かりやすいな」


「それは何よりです」


 エドワードは穏やかに微笑んだ。


「ところで、ローグ殿」


「……何だ」


「弟さんと妹さんの勉強を、ご自分で見ていらっしゃるのですね」


「……ああ」


 ローグは少しだけ視線を逸らした。


「俺は……まともに学ぶ機会がなかったからな」


「…………」


「だが、あいつらには、そうなってほしくない」


 その言葉に、エドワードは黙った。


「……読み書きも、計算も。覚えておけば、将来の役に立つだろう」


「……ええ」


 エドワードは静かに頷いた。


「間違いありません」


 ローグは紙を受け取り、丁寧に折り畳んだ。


「……助かった。礼を言う」


「どういたしまして」


 エドワードは少し考えてから、口を開いた。


「……ローグ殿」


「ん?」


「もしよろしければ、今後も分からないことがあれば聞きに来てください」


「……いいのか?」


「ええ。私でよければ」


 ローグはしばらくエドワードを見つめていた。


「……あんた、意外と面倒見がいいんだな」


「……意外とは、失礼ですね」


「……悪い」


 エドワードは小さく笑った。


「それに、教えることは私自身の勉強にもなりますから」


「……そういうものか?」


「ええ。相手が理解できるように説明するには、こちらもきちんと理解していなければなりません」


「……なるほど」


 ローグは深く頷いた。


 そして、その日の夜。


「兄ちゃん! 昨日の問題!」


「ああ。分かったぞ」


 ローグは机に紙を広げた。


「まず、百二十枚を四つに分けるんだ」


「うん!」


「それで、一つ分が三十枚。残りは九十枚だ」


「わあ! 兄ちゃん、すごい!」


 妹が嬉しそうに笑った。

 ローグは、少しだけ照れくさそうに目を逸らした。


「……まあな」


 その横で、弟がぽつりと呟く。


「……兄ちゃん」


「何だ?」


「明日は、もっと難しい問題があるんだけど」


「…………」


 ローグの手が止まった。


「……どんな問題だ」


「えっとね、割合っていうんだけど……」


「…………」


 ローグは静かに天井を見上げた。


(……エドワード)


 どうやら、明日も世話になることになりそうだった

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