第8話 雪灯りの街
数日間にわたる猛吹雪が嘘のように去り、澄み渡る群青色の夜空に、満開の星々が瞬いていた。
街道の除雪は無事に完了し、途絶えていた物流の便も再びノルデンへと届き始めていた。
市場には適正な価格で物資が並び、危険だった屋根の雪下ろしや家屋の補強も、町ぐるみの連携によってすべて完了している。
過酷な大雪の危機を乗り越えたノルデンの大通りでは、今夜、ささやかな『冬の市』が開かれていた。
「いらっしゃい、いらっしゃい! 熱々のスープに、特製の焼き菓子だよ!」
「ソリ滑りの大会、もうすぐ始まるよー!」
街道の両脇には、住民たちが雪を固めて作ったいくつもの小さな「雪かまくら」が並び、その中にはグラスハルト草の紙をくり抜いて作ったランタン——柔らかく温かな『雪灯り』がぽつぽつと灯されている。
子どもたちの歓声と笑い声。
湯気と香辛料の甘い匂い。
除雪作業を終えた男たちが、手作りの果実酒の杯を交わしながら笑い合っている。
そこには、ただ極寒に耐え忍ぶだけではない、冬をたくましく愛でる人々の生き生きとした営みがあった。
◇
大通りを見下ろす領主館のテラスで、カイルとリーザは肩を並べて立ち、その光景を静かに見つめていた。
「……綺麗ですわね、カイル様」
毛皮のコートに身を包んだリーザが、白い息を吐きながら微笑む。
かまくらの灯りが並ぶ街並みは、まるで星空が地上に降りてきたかのように温かく輝いていた。
「うん。……本当、綺麗だ」
カイルは手持ちの温かいホットサイダー(リンゴ酒)のカップを包み込みながら、感慨深そうに呟いた。
「一年前の僕なら……ただ雪の多さに絶望して、冬が過ぎ去るのをじっと待つことしかできなかったと思う。僕の魔法だけじゃ、この雪を全部溶かすことも、みんなのお腹をいっぱいにすることもできなかった」
「ふふ、でも……」
リーザはそっと、カイルの手に自分の手を重ねた。
「カイル様が『みんなで冬を乗り越えよう』と諦めずに動き続けてくださったからこそ、エドワード様も、ガルド様も、ジーク様もローグ様も……そして街の誰もが、自分の知恵と力を持ち寄ることができたのですわ」
「……みんなが、この街を愛してくれているからだね」
カイルは街の明かりを見つめながら、自分の胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。
過去の統計データが通用しなくなった「成長痛」。
突貫工事で作った住居の限界。
物流の途絶と市場の混乱。
そして、命を脅かす大雪の猛威——。
失敗もしたし、見通しの甘さに打ちのめされもした。
けれど、その痛みを経験したからこそ、ノルデンは『冬の過酷さに耐えうる強固な制度と知恵』を手に入れることができたのだ。
「……雪は、毎年降る」
カイルは、ふと前を見据えて言った。
「だからこそ、僕たちは何度でも対策を更新して、来年の冬はもっと安全に、もっと安心して暮らせる仕組みを作っていかなきゃいけないんだ」
「ええ。ですが……今夜くらいは、この素晴らしい成果を誇ってもよろしいのではありませんか?」
リーザが悪戯っぽく目を細める。
カイルは照れくさそうに笑い、「そうだね」と頷いた。
遠くから、ジークが大声で子どもたちとソリ滑りを楽しんでいる声や、クロウとガルドが酒の味で揉めている声、そしてそれを冷ややかに窘めるエドワードとローグの会話が風に乗って運ばれてくる。
空からは、再び優しく舞い始めた粉雪が、雪灯りの光を浴びてチラチラと煌めいていた。
厳しい冬は、まだ始まったばかりだ。
けれど、この街のぬくもりと絆がある限り、どんなに冷たい雪も恐れるに足りない。
静かに、そして力強く。
ノルデンの街は、やがて訪れる温かな春への希望を胸に、白銀の季節を歩み続けていくのだった。




