第4話 雪を片付ける仕事
翌朝、ノルデンは一晩でさらに数十センチの深雪に覆われていた。
大通りには膝近くまで雪が積もり、荷馬車どころか歩行者の往来すらままならない。屋根にはずっしりと雪が積み上がり、老朽化した家屋では倒壊の危険が日増しに高まっていた。
「農作業はできねえし、建設現場も吹雪で全部止まっちまった……」
「来春まで、どうやって食いつなげばいいんだ……」
職を失い、途方に暮れる農民や出稼ぎの労働者たち。
急激に人口が増えたノルデンでは、農閑期を迎えた彼らの雇用の受け皿が不足していた。
——積もり続ける雪。
——働く場所を失った人々。
詰所に届けられた報告書を前に、僕は思案を巡らせていた。
前世の記憶をたどる。
東京ではこれほどの雪に見舞われることは滅多になかったが、日本にも毎年のように大雪に悩まされる地域があったはずだ。
雪下ろし、除雪、交通路の確保……。
知識としては覚えている。けれど、僕自身が雪国で暮らしていたわけではない。
窓の外に目を向ける。
白く覆われた街並み。その向こうでは、今も容赦なく雪が降り続いていた。
雪の性質は土地によって違う。家の造りも、屋根の強度も日本と同じではない。前世の知識をそのまま当てはめるのは危険だ。
(……なら、雪そのものへの処置はガルドたちに任せよう。僕がやるべきなのは——)
もう一度、報告書に目を落とす。
除雪に必要な人手が足りない。
一方で、冬の間の仕事を失った人々がいる。
二つの報告が頭の中で重なった。
「……エドワード。この二つの問題を、ひとつに繋げられないかな」
「……と、おっしゃいますと?」
エドワードが帳簿から顔を上げる。
「積もった雪を片付ける人手が足りない。一方で、冬の間に働きたい人がたくさんいる。領地が直接彼らを雇って、公共事業として除雪をお願いするんだ」
エドワードの目が、眼鏡の奥で鋭く光った。
「なるほど……。職業紹介所を窓口とし、領地の予備費から日雇いの除雪作業員として雇用するわけですね」
「うん。ただし、屋根の雪下ろしは危険だから誰にでも任せるわけにはいかない。ガルドに危険度を調べてもらって、経験のある人たちに現場の指揮をお願いしよう」
「では、経験の浅い者には道路の除雪や資材運搬を?」
「そうだね。まずは食料や薪を運ぶための道を優先したい。一気に全部は片付けられないから」
エドワードは頷き、手元の帳簿に素早く筆を走らせた。
「承知いたしました。作業内容ごとに人員を振り分け、賃金と経費を算出いたします」
「ありがとう。道が通れば物資の流通も止まりにくくなる。働いた人たちに給料が入れば、その分商店の売り上げにも繋がるはずだ」
「ええ。仕事を失った人々が買い物をできなくなれば、街全体の経済が停滞しますから」
不景気だからといって、ただ支出を切り詰めればいいわけではない。
収入が減り、物を買えなくなり、店の売り上げが落ちてさらに仕事が失われる。そんな悪循環を、僕は前世で嫌というほど見てきた。
もちろん、領地の財政に余裕があるわけではない。むやみに金をばら撒けば破綻する。
それでも、今は仕事を作らなければならない。
「ただし、予算には上限を設けよう。何日分の賃金を確保できるか、最初に計算してほしい」
「承知いたしました。作業の優先順位と合わせてガルド殿とも調整いたします」
「お願い。……それから、作業員には温かい食事も用意できないかな」
「備蓄量を確認する必要がありますが、可能な範囲で手配いたしましょう」
◇
その日の午後、職業紹介所の前には長蛇の列ができていた。
「おい、本当か!? 領主様が雪かきの仕事に日給を出してくれるって!」
「道具も貸してもらえるそうだ!」
ガルドの指揮のもと、彼らはいくつかの隊に分けられた。
経験のある大工や職人たちは、危険な屋根の雪下ろしや老朽化した家屋の点検へ。
それ以外の作業員たちは、スコップや木製の雪かき道具を手に、大通りの除雪や資材運搬へと向かっていく。
「いいか! 屋根には勝手に上がるなよ! 危ねえと思ったら、必ず俺たちを呼べ!」
ガルドの怒鳴り声が、積雪の通りに響く。
「まずは食料庫と市場を結ぶ道だ! 荷馬車が通れる幅を確保しろ!」
「おうっ!」
白銀の街に、雪を掻く音と声が広がっていく。
仕事を失い肩を落としていた労働者たちが、今は街を動かすために動いていた。
「カイル様、大通りの開通作業は順調に進んでおります」
報告に訪れた職員へ、僕は頷いた。
「ありがとう。無理はしないように伝えてね。吹雪が強くなったら中断して構わないから」
「承知いたしました!」
職員が去っていく。
窓の外では、除雪を終えたばかりの道を、一台の荷馬車がゆっくりと進み始めていた。
(……これで、ひとまず街は動く)
一息ついた、そのときだった。
「……カイル様」
背後から声がした。振り返ると、エドワードが帳簿を開いたまま険しい表情を浮かべていた。
「この施策自体は有効です。ですが、領地の資金は有限です」
「……うん」
「道具の整備費、賃金、食事の支給。積雪が続けば、必要な経費はさらに膨らみます。現状の予備費では、長期間の継続は困難です」
分かっていたことだった。
必要だからといって、無尽蔵に金を使えるわけではない。かといって、ここで仕事を止めれば収入が途絶え、再び商店の売り上げが落ちる。予備費を使い果たせば、次の災害に対応できなくなる。
「……明日からの作業について、優先順位を再調整しよう。食料や薪の輸送路と、倒壊の危険がある場所を最優先にする」
「承知いたしました。予算の再計算も進めます」
今できることをやるしかない。
だが、エドワードの表情は固いままだった。
「……もう一つ、懸念がございます」
「何?」
「天候です」
エドワードは窓の外へ視線を向けた。
「もしこのまま吹雪が強まり、外部からの物流が完全に途絶えれば……いくら賃金を支払えても、購入すべき食料や薪そのものが市場から消えます」
「…………」
ぐうの音も出なかった。
どれほど雇用を生み出しても、物資そのものが底をついては暮らしを守れない。
「備蓄の確認を急ごう。今ある量と、一日に必要な量を調べてほしい」
「すでに手配済みです」
「ありがとう。……街道の状況は?」
「ローグ殿の警備隊が確認に向かっております。ただ、これ以上吹雪が強まれば、街の外へ出ること自体が危険になるでしょう」
窓の外を見やる。
昼間には少し弱まっていた雪が、再び勢いを増していた。視界は白く霞み、風が窓枠を激しく叩く。
そしてその夜、懸念は現実となった。
猛吹雪が街を呑み込み、昼間に除雪した道は瞬く間に白く埋もれていく。
ノルデンと外部を結ぶ街道は、完全に閉ざされようとしていた。




