第3話 新たな問題
降り積もった新雪を踏みしめながら、カイルとリーザは旧市街の住宅地区へ足を向けていた。
秋の初めに急ピッチで増築・修繕した木造家屋が並ぶエリアだ。見た目は整っているが、一歩足を踏み入れると、厳しい冬の冷気が容赦なく建物の隙間を通り抜けていく。
「……すっごい隙間風だわ」
リーザが窓枠にそっと指先を添え、眉をひそめた。室内からのわずかな暖気が、建物の建具の隙間から吸い出されている。
「あ、領主様……! 奥様……!」
中から出てきた移住者の夫婦が、寒さで赤らんだ顔をこわばらせて頭を下げた。
「す、すみません。家を貸していただけただけで感謝しているのですが……夜になると隙間風が冷えて、毛布を重ねてもなかなか暖まらなくて……」
「それに、あの……あそこの屋根を……」
男が指差した先——老朽化した旧家の軒先に、湿り気を含んだ初雪が厚く積もり、梁がごく僅かに軋み音を立てていた。
「初雪でこれだと、この先の多雪に耐えられるか心配でして……」
カイルは息を呑み、己の判断を振り返った。
秋の段階で優先したのは「冬が来る前に、一人でも多くの移住者に屋根のある住まいを確保すること」だった。その判断自体は間違っていなかったはずだ。だが、想定以上に早い初雪と降雪量が、補強作業の未完了部分を露出させていた。
「……すぐに専門の点検と補強を入れるよ。安心してほしい」
カイルは住人の手を握り、力強く告げた。
◇
その日の夕方、領主館の作業スペースにはガルドをはじめ、エドワード、ローグらが集まり、古い地図と図面を広げていた。
「——領主様、勘違いすんじゃねえぞ」
ガルドは太い腕を組み、図面を指差しながら野太い声で言った。
「秋に屋根と壁を突貫で作ったのは間違いじゃねぇ。あの時期に家を与えなきゃ、移住者どもは野宿で凍死してただろうからな」
「それは……そうだね」
「だが、予定より雪の降りが早すぎた。老朽化が激しい旧家屋の補強と、隙間風を防ぐ断熱工事が後回しになっちまってたんだ」
ガルドは北国のベテラン大工としての鋭い眼光で、街の住宅を三つの区分に分類したメモを叩いた。
「全戸が倒壊するなんてバカなことは起きねぇ。だが、旧市街の築古物件のうち、特に梁が傷んでる『危険度A』の六戸は今夜にも補強が必要だ。場合によっちゃ一時避難してもらう。残りの『B』と『C』は、順次隙間風対策と屋根の雪下ろしを進めりゃ十分持つ」
「なるほど……非常に合理的です」
エドワードが眼鏡を正し、即座に手元の帳簿を捲る。
「ガルド殿、問題は補強に必要な人手と資材ですね。大工の専門職人だけでは、全戸の補強と断熱作業に手が回りません」
「ああ。梁の補強みたいな骨組みの作業はオレたち職人がやる。だがな、資材の運搬、地上での雪かき、隙間を埋める麻布や発泡断熱材の準備なんざ、筋力とやる気がありゃ誰でもできる仕事だ」
その言葉に、カイルの目が光った。
「……職業紹介所だ!」
「その通りです、カイル様」
冬場に入り、農作業や屋外建設が止まって収入を絶たれた出稼ぎ労働者や農民たちが多く滞留している。
エドワードが微笑みを浮かべて頷いた。
「彼らを職業紹介所を通じて臨時雇用し、ガルド殿の指揮下に配置しましょう。資材運搬や断熱補助に正当な日給を支払うのです」
「予算の管理と適正賃金の算定は僕とエドワードで引き受けるよ。急な出費になるけれど、いまここで雇用と住居の安全を作ることが、冬全体の市場を守ることにつながる」
カイルの力強い言葉に、ローグが静かに歩み出た。
「警備隊は、危険度Aの住宅からの住民の一時避難誘導と、作業区域の交通整理を担当しよう。吹雪の中での高所作業だ、二次被害が出ないよう安全確保を徹底する」
カイルは集まった仲間たちの顔を見渡した。
いまのカイルの周りには、それぞれの専門知識を持ち、自発的に動いてくれる頼もしい仲間たちと、それを支える『制度』が存在していた。
「みんな、ありがとう。……秋の住宅増設は、この街を大きくするために必要な一手だった。でも、備えが追いつかなかった部分は、今ここですべて修正しよう!」
「おうよ! 領主様がそう言ってくれるなら、腕の振るい甲斐があるってもんだ!」
ガルドが破顔し、頼もしく胸を叩いた。
◇
大工たちの指導のもと、臨時雇用された作業員たちが資材を運び、旧市街の家々へ散っていく。
老朽化した梁には頑丈な支え木が打ち込まれ、窓や壁の隙間には断熱用の麻布が隙間なく詰められていく。危険度の高い家に住んでいた家族は、ローグたちの手によって一時的に暖かな避難所へ移送された。
自分の役割を完璧に果たすガルド。
現場の安全と避難を仕切るローグ。
膨大な臨時雇用の賃金と資材費を的確に管理するエドワード。
そして、すべての優先順位を見極め、資源を集中させたカイル。
街を支えているのは、領主一人の魔法ではない。
夕刻には、あれほど住人を苦しめていた隙間風が嘘のように収まり、旧市街の家々に温かな灯火が戻っていた。
しかし——作業を終えたガルドが、領主館の窓外を見上げながら低く呟いた。
「家は何とか持たせた。……だがカイル様、本当の勝負はここからだぜ」
「え……?」
「これだけ家を暖め直し、人手を動かしたんだ。……魔石と薪の消費スピードが、オレたちの想定の倍以上に跳ね上がってる」
ガルドの視線の先——静かに降り続く白銀の雪は、ノルデンの物流を支える大街道を、刻一刻と覆い隠そうとしていた。、




