第37話 受け継がれし癒光の首飾り(後)
それから数日後。
細工師の協力によって、ペンダントの修復が進められていた。
劣化した魔石を取り外し、細い魔力伝導路を補修する。
金細工の一部も丁寧に直され、以前の美しい姿を取り戻しつつあった。
そして、最後に。
カイルが生成した高純度魔石が、中央の台座へ嵌め込まれた。
「……よし」
クロウは慎重に留め具を固定した。
「リーザ様。少しだけ、魔力を通していただけますか?」
「……はい」
リーザはペンダントを胸元に掛けた。
ゆっくりと呼吸を整える。
自分の内側にある【身体強化】の魔力を意識し、胸元の結晶へと流し込んでいく。
すると——。
ふわり。無色透明だった魔石の中心に、淡い桃色の光が灯った。
「……!」
リーザが目を見開く。
光は結晶の内側へ静かに広がり、やがて柔らかな桃色へと変わっていった。
「……綺麗」
思わず、そんな言葉がこぼれた。
春に咲くシェリーヌのような、優しい色。
激しく燃え上がるわけでも、眩しいほど輝くわけでもない。
ただ、胸元で穏やかに光を宿している。
「……なるほどな」
クロウが満足そうに頷いた。
「リーザ様の魔力に反応して、石の色が変わったみてぇだ」
「……これが、私の魔力の色……」
「ただし、まだ治癒の効果までは確認できてねぇ。まずは医師にも立ち会ってもらって、安全性を確かめる必要がある」
「ええ。もちろんですわ」
リーザは小さく頷いた。
胸元のペンダントに、そっと手を添える。
(……お母様)
幼い頃に聞かされた言葉が、胸の奥で蘇る。
(……この力を、誰かのために使えるでしょうか)
◇
数日後。
領主館の一室で、医師の立ち会いのもと、ペンダントの効果を確かめることになった。
協力してくれたのは、あの腕を負傷した若い警備隊員だった。
「……本当に、よろしいのですか?」
リーザが尋ねると、隊員は力強く頷いた。
「はい! 医師からも許可をいただいておりますし、私でお役に立てるなら!」
「……ありがとうございます」
リーザは微笑んだ。
医師が包帯を緩め、傷の状態を確認する。
「傷口は塞がりつつありますが、まだ炎症が残っています。無理な力を加えず、痛みや熱が強くなった場合はすぐに中止してください」
「承知いたしました」
リーザは隊員の左腕へ、そっと手をかざした。
胸元のペンダントに意識を集中する。
自分の魔力を、少しずつ流し込んでいく。
——ふわり。
淡い桃色の光が灯った。
ペンダントから細い光が伸び、リーザの指先を通して、隊員の腕を優しく包み込む。
「……あ」
隊員が小さく息を漏らした。
「……痛みますか?」
「い、いえ……」
彼は不思議そうに自分の腕を見つめた。
「……なんだか、温かいんです。さっきまであった、あの鈍い痛みが……少しずつ和らいで……」
「……本当ですか?」
「はい……!」
リーザは慎重に魔力を流し続けた。
しかし、しばらくすると。
「……っ」
胸の奥に、かすかな疲労感が広がった。
額に薄く汗が滲む。
「リーザ様。そこまでにしましょう」
医師が静かに声を掛けた。
「……ええ」
リーザは魔力を止めた。
桃色の光がゆっくりと薄れ、ペンダントは元の穏やかな輝きへ戻った。
医師がすぐに隊員の腕を診察する。
「……ふむ」
傷口の周囲を確かめ、慎重に頷いた。
「炎症が少し落ち着いていますね。痛みも軽減しているようです」
「……では!」
「ええ。ただし、傷が完全に治ったわけではありません。回復がどの程度早まるかは、今後の経過を見なければ分かりません」
「……そうですわね」
リーザは深く頷いた。
それでも、隊員は嬉しそうに笑っていた。
「ありがとうございます、リーザ様! 腕がずいぶん楽になりました!」
「……よかったですわ」
リーザは安堵の息を吐いた。
「ですが、無理はなさらないでくださいませ。医師の先生のおっしゃることを、きちんと守ってくださいね」
「はい!」
隊員は元気よく返事をした。
その笑顔を見つめながら、リーザは胸元のペンダントにそっと触れた。
(……ああ)
自分にも、できることがあった。
剣を振るうことも、難しい法律を読み解くこともできない。
けれど、傷ついた人の痛みを少しでも和らげることなら。
(……私も、この街を守る力になれるのですね)
リーザは静かに微笑んだ。
◇
その日の夜。
領主館の自室で、リーザは鏡の前に立っていた。
胸元には、修復されたペンダントが揺れている。
淡い桃色の結晶は、今は静かに光を宿していた。
「……綺麗だね、リーザ」
背後から声がした。
振り返ると、カイルが柔らかく微笑んでいた。
「カイル様……」
「よく似合っているよ」
「……ありがとうございます」
リーザは少し照れたように睫毛を伏せた。
「幼い頃から母に聞かされていた家宝が、こうして再び力を取り戻すなんて……まだ、夢のようですわ」
「リーザにぴったりだと思う」
「……え?」
「だってリーザは、いつだって誰かの痛みに気づいてくれるから」
カイルは彼女の隣に立った。
「僕が倒れたときも、ずっと心配してくれたでしょう?」
「……あのときは、本当に肝を冷やしましたのよ」
「……うん。ごめんね」
「もう……」
リーザは小さく笑った。
「ですが、カイル様。私も少しだけ、分かった気がいたします」
「……何が?」
「誰かを守りたいと思う気持ちが、どれほど強いものなのか……ですわ」
彼女は胸元のペンダントを見つめた。
「今日、怪我をした隊員の方が、少しだけ楽になったと笑ってくださったんです」
「……うん」
「その笑顔を見たとき、私も嬉しくて……」
リーザはそっとカイルの手を取った。
「カイル様が、このノルデンのために頑張っていらっしゃる理由が、少し分かった気がしましたの」
「……リーザ」
「ですから、これからはもっと私を頼ってくださいませ」
彼女は優しく微笑んだ。
「あなたが領地の未来を考えてくださるのなら、私は、その未来を生きる人々の健康と暮らしを守りたいのです」
カイルはしばらく彼女を見つめていた。
やがて、嬉しそうに笑った。
「……ありがとう、リーザ」
「ふふ。どういたしまして」
カイルは彼女の肩をそっと抱き寄せた。
窓の外では、冷たい風が吹いている。
けれど、二人の間には穏やかな温もりがあった。
ジークには、主の背中を守る紅蓮の魔道刀がある。
ローグには、街の静寂を守る青き魔銃がある。
エドワードには、人々を危険から守る結界の魔導杖がある。
そしてリーザには、傷ついた者の回復を助ける、桃色のペンダントがある。
それぞれの役割も、持つ力も違う。
けれど、願いは同じだった。
この小さな領地に暮らす人々が、明日も安心して笑っていられること。
「……さて、カイル様」
「……ん?」
「そろそろ、お休みのお時間ですわ」
「えっ。でも、あと少しだけ書類が……」
「ダメ、ですわ」
リーザはにっこりと微笑んだ。
「……はい」
カイルは大人しく頷いた。
「ふふっ。よろしい」
そう言って、リーザは彼の手を引いた。
胸元では、桃色のペンダントが静かに揺れている。
外はもう、冬の気配が近づいていた。
それでも、二人が寄り添う部屋には、春を思わせるような温かな空気が満ちていた。




