第35話 碧導の導き(後)
試作は慎重に進められた。カイルから提供された高純度魔石の中から、魔力の出力が最も安定しているものを選ぶ。エドワードの設計を基に、クロウとフィンが回路を組み上げていった。
数日後。
「……できました!」
フィンが差し出したものを見て、エドワードは眼を細めた。
「……これは?」
フィンの手のひらに載っていたのは、小さな杖を模したペンダントだった。黒檀のように深い黒の木身、細い銀の伝導細工、先端には透き通った緑の魔石が嵌め込まれている。
「素晴らしい細工ですね」
「ありがとうございます!」
素直に喜ぶフィンを見て、エドワードは首をかしげた。
「ですが、肝心の杖はどこに?」
「それだよ、それ」
脇からクロウがニヤリと笑う。
「……こちらが?」
「手に持って、魔力を込めながら『オープン』って言ってみろ」
「……オープン、ですか?」
「そうだ。やってみろ」
エドワードは半信半疑のままペンダントを指でつまみ、慎重に魔力を流し込んだ。
「……オープン」
フォン、と淡い光が広がる。次の瞬間、手のひらの小さな杖が滑らかに伸び始めた。
木身が太さを増し、銀の線が光を帯びる。ほんの数秒で、エドワードの手には一本の長い魔導杖が握られていた。
「……おお!」
フィンが声を上げる。
「成功です、師匠!」
「へっ! どうだ驚いたか」
胸を張るクロウを横目に、エドワードは手の中の杖を静かに見つめた。先端は自分の肩よりも高く、床に立てれば堂々とした姿だ。
「……確かに見事な技術です。ですが」
「ん?」
「これでは、執務の際にかえって不便ですね」
「…………」
「書類を一枚確認するたびに、この長さの杖を取り出すのでしょうか」
クロウが一瞬だけ目を丸くし、次には腹を抱えて笑い出した。
「ガハハハハ! そりゃそうだ!」
「……師匠」
フィンが呆れたように肩を落とす。
「だから最初に説明してくださいって言ったじゃないですか……」
「驚く顔が見たかったんだよ。……安心しろエドワード、そいつは長さを変えられる」
「長さを、ですか」
「少し魔力を引いてみな」
指示通り慎重に魔力を緩めると、長かった杖身がゆっくりと縮んでいく。片手で扱いやすい棒状の長さで止まった。これならば卓上でも邪魔にならない。
「さらに魔力を引けば、元の大きさに戻る」
魔力を最小限まで落とすと、杖は再び手のひらサイズのペンダントへと収まった。
「普段は携帯し、鑑定の際に必要な長さに調整するわけですか。……これは使い勝手が良い」
「それに、魔力を込める量で伝導効率も変わるようにしてあります」
フィンが付け加えた。
「短い状態でも鑑定の補助には十分ですが、長く伸ばした方が魔力は安定します。長時間使うときは伸ばしてください」
「なるほど。用途に応じて使い分けるのですね」
エドワードは杖を短く展開し、卓上に置いてあった書類へ視線を落とした。一枚、二枚、三枚。普段なら頭痛が始まる五枚を超えても、意識は驚くほど明瞭だった。
「……これは」
「実感できましたか?」
「ええ。魔力の消費が劇的に抑えられています。これなら無理なく鑑定を続けられそうです」
フィンがほっと胸を撫で下ろしたその時、クロウが余談のように言った。
「一つ言い忘れてた。実はおまけをつけてある」
「……おまけ?」
エドワードは眉をひそめた。
「まさか、先端から火を噴くような機能ではなさそうですが」
「おっ、よく分かったな!」
「…………」
「冗談だ冗談」
クロウは柄にある小さな金具を指さした。
「ここに魔力を通してみろ。少しずつな」
エドワードが慎重に魔力を流すと、静かな駆動音とともに、周囲に淡い緑色の薄い膜が現れた。
「……結界ですか」
「そうだ。お前さん、カイルの側近だろ。いつ何が起こるか分からねぇからな。身を守る機能をつけておいた」
光の膜を見つめるエドワードに、クロウは腕を組んで付け足す。
「ただ、万能じゃねぇぞ。魔力を喰うし、強い衝撃を受ければ破れる。鑑定補助と同時に使えばその分負担も増える。まだ試験段階だから、実戦でどこまで耐えるかはこれからだ」
「なるほど」
「どうだ。余計なお世話だったか?」
エドワードは少しの間無言だったが、やがて静かに微笑んだ。
「いいえ。大変ありがたい機能です。私は戦闘を得意としませんので、万一の際に時間を稼げるのであれば、これほど心強いものはありません」
短くなった杖を握り直す。
「……ただし。私を的にして実験するのは、お断りいたしますよ」
「……ちっ」
「師匠!?」
フィンの叫びが工房に響いた。
◇
結界の強度試験は、無人の訓練場で行われた。
台に固定した杖に一定の魔力を流し、緑の光が広がったところで、クロウが用意した訓練用の魔道具を作動させる。
コンッ、と軽い衝撃が結界にぶつかった。膜はわずかに揺れたものの、破れる様子はない。
「小さな衝撃なら問題ねぇな」
「ただ、連続して受けると魔力の消費が増えますね」
記録を取るフィンに、エドワードも頷く。
「長時間の維持には向きませんが、咄嗟に身を守る用途なら十分有用です」
「だろ。こいつは戦うための杖じゃねぇ。守るための杖だ」
クロウの言葉に、エドワードは先端の緑色の魔石を見つめた。
(守るため、か)
かつて自分は、己の知識や力を奪うために使っていた。
だが今は、誰かを守るために使いたいと思っている。
「良いですね」
エドワードは静かに言った。
「私には、こちらの方が似合っています」
「で、名前はどうする?」
「名前……ですか」
「特注品だ。呼び名くらいあった方がいいだろ」
澄んだ緑の魔石。事実を見極める力。
そして、身を守るための結界。
「……『碧導の杖』」
「ほう」
クロウが口元を緩めた。
「悪くねぇな」
「素敵な名前です!」
フィンも満足そうに頷く。
エドワードは杖をペンダントの姿に戻し、そっと手のひらに載せた。かつて所有していたどの高額な道具よりも、今の手にしっくりと馴染んでいた。をあとにした。




