第32話 静謐の梟(前)
ノルデンの街は、変わった。
一年前までは閑散としていた大通りに、今では荷馬車が行き交い、商人たちの威勢のいい声が響いている。
新しい工房が建ち、職業紹介所には朝から人が集まり、冒険者向けの宿屋も次々と営業を始めた。
街が豊かになっている。それは疑いようのない事実だった。
だが——。
「……またか」
警備隊の詰所で、ローグは卓上の報告書を見下ろしていた。
昨夜、倉庫街で発生した窃盗事件。犯人は三人組で、うち一人が違法な魔道武器を所持しており、駆けつけた警備隊員へ向けて発砲したという。
幸い命を落とした者はいなかったが、隊員の一人が腕を激しく負傷し、長期の戦線離脱を余儀なくされていた。
「……隊長」
向かいに立つ若い隊員が、悔しそうに唇を噛みしめる。
「申し訳ありません。俺たちがもっと早く取り押さえていれば……」
「……違う」
ローグは視線を上げず、短く答えた。
「お前たちは、よくやった」
「ですが……!」
「負傷者を出しながらも、住民へ被害を広げなかった。それがすべてだ」
隊員は言葉を呑み込み、黙って頭を下げた。
ローグは再び紙面に目を落とす。
街が発展すれば人が集まり、商売が生まれる。そして当然、その陰には悪意や不逞の輩も紛れ込む。
問題は、犯罪者の人数そのものだけではなかった。
(……装備の差が大きすぎる)
警備隊の標準装備は、剣と槍、そして盾。
日々の訓練は積んでいる。だが、相手が距離をとって魔道武器を乱射してきた場合、どうしても後手に回る。
狭い路地では盾を構える余地も限られ、逃げ遅れた住民がいれば迂闊に踏み込むこともできない。
(……手を打たなければ)
ローグは静かに拳を握りしめた。
カイルが血を吐くような思いで育ててきた街だ。ようやく人々が安心して笑えるようになってきたというのに。
平穏を守るのが己の役目だが、今の装備のままでは限界がある。
かといって、ジークのように圧倒的な腕力で大剣を振り回せるわけではない。そもそも警備隊に必要なのは、大型魔獣を叩き切るような暴力ではないのだ。
狭い街頭で、住民を巻き込まずに犯人だけを迅速に無力化する力。必要な瞬間に、必要な場所へ届く精密さ。そして何より、隊員たちが無事に帰ってこられる確実性——。
「……隊長! 昨日捕まえた連中の押収品、検分が終わりました!」
詰所の扉が開き、報告が入る。
「……今、行く」
ローグは静かに立ち上がった。
◇
押収品の保管室には、怪しい木箱がいくつも並んでいた。
短剣、盗品の装飾品、偽造された通行証。その乱雑な品々の中で、ローグの目が不自然に止まった。
「……これは」
黒い金属で鋳造された、小ぶりの魔道銃。
片手で収まるサイズで、銃身には極細の魔力伝導路が刻まれている。
「昨日の犯人が持っていたものです」
隊員が横から説明を添えた。
「低純度の魔石を使う、かなり古い型の魔道銃らしくて……威力は大したことないそうです。ただ、狭い暗がりで撃たれると厄介で……」
ローグは無言でそれを手にとった。もちろん魔石は抜かれている。
引き金には指をかけず、銃身のバランスと構造を細かく確かめる。
(……なるほど)
大型の魔道兵器のような破壊力はない。だが、小さく、軽い。
剣を振る余地のない路地裏でも取り回しが利き、なにより低純度の魔石で駆動する。
(……まて。これなら)
ローグの胸中に、ひとつの像が結ばれた。
カイルが生成したあの魔石——高純度の裏で生成された、不揃いな低純度の結晶群。
ジークは高純度の魔石を受け止め、自らの属性で染め上げた大剣を手に入れた。ならば。
(……俺には、俺の戦い方がある)
ローグは静かに目を細めた。
「……これをしばらく預かる」
「え?」
「構造を精査する。押収品記録を残したまま、正式な貸与手続きをとれ」
「は、はい!」
魔道銃を布で丁寧に包むと、ローグは詰所をあとにした。
向かう先は、最初から決まっていた。




