第30話 背中を守る刀(前)
寒風が吹き荒ぶノルデンの森で、ジークは荒い息を吐き出していた。
足元には、巨体を横たえる大型の魔獣がいた。
冬を前に、領内の農地へ侵入しようとしていた害獣だ。農夫から依頼され、なんとか仕留めることはできた。しかし、ジークの手元に残されたのは、根元から無残に折れ、刃の一部が黒く焼け焦げた魔道剣だった。
「……くそっ」
ジークは折れた剣を見下ろし、乱暴に赤い髪をかきむしった。
(……俺は、今回も何の力にもなれなかった)
カイルが過労で倒れた、あの日の光景が頭から離れない。
あいつが限界を迎えるまで気づくこともできず、倒れてからは、ただ狼狽えることしかできなかった。
護衛として、あまりに情けない。
エドワードは知識と弁舌で法律の罠を跳ね返し、プリメロや街の連中は、自分たちの暮らしを取り戻そうと必死に動いている。
なのに、自分はどうだ。
(力になりてぇ……カイルの役に立ちてぇのに)
勉強はからきし苦手だ。
難しい帳簿も法律の解釈も、見ているだけで頭が痛くなる。
昔よく見ていた、あの妙な夢も、最近はさっぱり見なくなった。
自分の中から、都合よく特別な知識が湧いてくるわけでもない。
自分にできるのは、こうして剣を振るい、魔獣を討ち取ることくらいだ。
だが、その唯一の武器すら、激しい戦闘に耐えきれず砕け散ってしまった。
「……ちくしょう」
ジークは血と煤に汚れた顔を腕で拭い、足元に散らばった魔道剣の破片を拾い集めた。
「……クロウのところに行くか」
向かう先は、領主館に併設された鍛冶場。
今度こそ、自分の力を受け止められる武器を手に入れるために。
◇
鍛冶場には熱気が満ち、鉄を打つ澄んだ音が響いていた。
ジークが重い木扉を押し開けると、煤けた作業着姿のクロウが顔を上げた。
「……なんだジーク。また害獣狩りか?」
「クロウ。頼みがある」
ジークは作業台に布包みを置いた。
中から現れたのは、無残に砕けた魔道剣の破片だった。
「……こりゃまた、派手にやったな」
クロウは破片の一つを拾い上げ、目を細めた。
「魔力伝導路が焼き切れてやがる。カイル様から預かった高純度魔石の出力に、剣身が耐えられなかったんだろうな」
「……俺の使い方が悪かったのか?」
「いや。お前の力に、武器が追いついてねぇんだ」
クロウは破片を作業台へ戻した。
「そもそも、これだけの魔獣を一人で仕留めておいて、何をそんなに落ち込んでやがる」
「……俺は、カイルの護衛なんだ」
「ああ?」
「なのに、あいつが倒れるまで、何も気づけなかった」
ジークは拳を握りしめた。
「エドワードみてぇに頭が回るわけでもねぇ。ローグみてぇに周りを冷静に見られるわけでもねぇ。俺にできることなんざ、剣を振るうくらいだ」
「……」
「だから、せめて……」
ジークは顔を上げた。
「カイルに何かあったとき、絶対に守れるだけの力が欲しい」
クロウはしばらく黙っていた。
やがて、呆れたように鼻を鳴らす。
「……まったく。農地と冬の食料を守っておいて、何の役にも立ってねぇとはな」
「……だけどよ」
「分かった、分かった。だったら、お前に合う武器を作ってやる」
「……本当か!?」
「ああ。ただし、今までと同じ剣じゃ、また壊れるかもしれねぇ。形から考え直す必要があるな」
クロウは羊皮紙と木炭を取り出した。
「どういう剣が欲しい? 幅広の大剣か? それとも、もっと分厚い片手剣か?」
「……そうだな」
ジークは考え込んだ。
重い剣。分厚い刃。
確かに、今までより頑丈にはなるだろう。
だが、どうにも違う気がした。
(……なんだ?)
頭の奥に、ぼんやりとした何かが浮かぶ。
長い刃。
けれど、まっすぐではない。
緩やかに反った、細身の形。
両手で握る長い柄。
そして、振り下ろすだけではなく、滑らせるように斬る感覚。
(……あれ?)
ジークは思わず、作業台の木炭を手に取った。
「……なあ、クロウ」
「あん?」
「こういう形の剣って、作れるか?」
羊皮紙の上に、一本の線を引く。
緩やかに弧を描く刃。
少し長めの柄。
片側にだけ刃がついた、見慣れない武器。
クロウが眉をひそめた。
「……なんだ、こりゃ?」
「いや……俺にもよく分かんねぇんだけどよ」
ジークはさらに線を重ねた。
「刃はこっち側だけでいい。背の方は厚くして……柄は両手で握れるくらい長くて……」
「……随分と細かいな」
「ああ?」
「いや、お前、こんな武器を見たことがあるのか?」
「……ねぇ、と思う」
「思う?」
「なんつーか……こういう形の方が、しっくりくる気がするんだよ」
クロウは羊皮紙を手に取り、しばらく黙り込んだ。
「……ふむ」
指先で刃の曲線をなぞる。
「片刃で、反りがある。しかも、両手で扱う前提か……」
クロウの目が、わずかに見開かれた。
「……いや、待てよ」
「どうした?」
「昔、別の鍛冶師から聞いたことがある。東の国には、これによく似た武器があるらしい」
「……東の国?」
「ああ。確か、刀とか呼ばれていたはずだ」
「……かたな」
その言葉を口にした瞬間。
ジークの胸の奥で、何かが小さく震えた。
(……刀?)
聞いたことがあるような。
いや、初めて聞くはずなのに。妙に懐かしい響きだった。
「……待ってろ」
クロウはそう言い残し、作業場の奥へ向かった。
棚をひっくり返すような音が、しばらく続く。
「……あった!」
戻ってきたクロウが、古びた冊子を作業台へ広げた。
そこには、東方の武具について描かれた簡素な図が載っていた。
「ほら、これだ」
「……!」
ジークは思わず身を乗り出した。
そこに描かれていたのは、自分が先ほど羊皮紙に描いたものと、よく似た形の剣だった。
「……なんでだ?」
「何がだ?」
「いや……なんでもねぇ」
ジークは図から目を離せなかった。
見たことがないと、そう思うのに。
(……知ってる)
なぜか、そう感じた。
まるで、ずっと昔から知っていたような気がする。
「……クロウ」
「なんだ?」
「これを作ってくれねぇか」
「……簡単に言うなよ」
クロウは苦笑した。
「反りのある片刃なんざ、普段の剣とは勝手が違う。しかも、お前の魔力に耐えられる伝導路まで仕込むとなりゃ、相当厄介だぞ」
「……頼む」
ジークは頭を下げた。
クロウは目を丸くした。
「……お前が頭を下げるとはな」
「カイルを守るためなら、何度だって下げてやる」
「……ったく」
クロウは頭をかき、やがてニヤリと笑った。
「そこまで言うなら、やってやろうじゃねぇか」
そして、作業台の羊皮紙を指で叩いた。
「ただし、まずは普通の鋼で形を試す。いきなり高純度魔石を組み込むわけにはいかねぇからな」
「……おう!」
「振り心地を確かめて、重さと反りを調整する。それから魔力伝導路を設計する。いいな?」
「ああ!」
ジークは力強く頷いた。




