第31話 嘲笑と期待
【王都——ガルシア卿の執務室】
豪奢な調度品で飾られた、暗がりの執務室。
内務尚書、ガルシアは、手元に届けられた一通の秘匿報告書を冷ややかな目で見つめていた。
「……ほう。『ノルデン領主・カイル、過労により倒れる』、か」
傍らに控える側近が、恭しく頭を下げる。
「はい、ガルシア様。あの不透明な契約で各地を侵食している『ベルニッツ商会』がノルデンに深く入り込んでおります。王都の財務庁や法務方でさえ手をこまねいているあの化け物ども相手に、若き領主が一人で立ち向かおうとし……案の定、自滅した模様です」
「くく……青臭い理想を掲げるからそうなる。自分の器量も弁えず、すべてを一人で背負い込もうとするなど、愚かの極みだな」
ガルシアはつまらなそうに報告書をデスクへ放り投げた。
王都へ届けられたのは、数週間前のノルデンの状況を記した秘匿報告書だった。
そこには、カイルが過労で倒れたことと、ベルニッツ商会による取り立ての激化が記されていた。
だが、その後の領内の動きについては、まだ十分な情報が集まっていなかった。
「……ベルニッツ商会が厄介なのは、法を破らぬことだ」
ガルシアは報告書を指先で叩いた。
「法の隙間に入り込み、相手が自ら署名した契約書を盾にする。取り締まろうにも、明白な違法行為を立証するのは難しい」
「……はい」
「だからこそ、あの若造がどう動くかは興味深い。力ずくで契約を破棄させれば、領主としての信用を失う。見過ごせば、領民が潰れる」
ガルシアは薄く笑った。
「……さて。どちらを選ぶ?」
普通に考えれば、これでノルデンは終局だ。ベルニッツ商会に呑み込まれ、自滅するのを待つだけの運命に見えた。
——だが。
ガルシアはふと、窓の外の王都の街並みに視線を向けた。
(……いや。あの甘ちゃんが、このまま大人しく潰れて終わるか……?)
危険な芽を摘み、己の地位を脅かす危険を未然に排除することにかけては、王都でガルシアの右に出る者はいない。
本来なら、芽の出ないうちに勝手に潰れてくれた方が好都合なはずだった。
なのに——。
(……さあ、この先どう乗り越えていく……?)
ガルシアはハッと我に返り、己の胸の中に沸き立つ不穏な感情に気づいた。
危険だからこそ警戒し、排除すべき対象のはずなのに。
王都すら手を焼く化け物相手に絶望的な状況へ追い込まれたあの若造が、ここからどう抗うのか。
……自分自身、その先の足掻きを楽しみにしている、だと?
「……くくっ、ふはは……」
ガルシアの口元から、低く歪んだ薄笑いが漏れ出た。
「ガルシア様……?」
突然笑い出した主人に、側近が怯えたように身をすくめる。
ガルシアは肘掛けに頬杖をつき、暗い瞳で愉悦を深めた。
「なんでもない。……ただの余興だ。この先もせいぜい足掻いて見せろ、カイル。お前がその程度の男で終わるなら……私の目の付け所が狂っていたということだ」
王都の闇の深みから、ガルシアの冷酷で底知れぬ視線が、北の地・ノルデンへと注がれていた。
第二章の締めです(^^)
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