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スキル『魔石生成』で追放された僕、国から役に立たないと切り捨てられた辺境で「あんぱん」を作ります ~貧困領地が大発展していくまで~  作者: きいろい なつ
第二章 ノルデンに迫る金融業編

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第29話 踏み出す


 領内簡易裁判所を出たマティアスは、廊下の角を曲がったところで足を止めた。


「……ノエル!」


「は、はい!」


 突然の怒声に、ノエルの肩が跳ねた。


「どういうことや! あの領収書は!」


「……も、申し訳ございません」


「申し訳ございません、やと!?」


 マティアスは手にしていた扇を、パチンと閉じた。


「あんたがちゃんと記録を取っとらんかったから、あんな小僧に足元をすくわれたんやろが!」


「す、すみません!」


「遅延後の支払いを受け取るんやったら、一括請求の権利は残っとると、きっちり説明して記録を残し

とかなあかんやろ!」


「……はい」


「それを、いつもどおり領収書だけ発行して……! おまけに次回の支払日まで書いとるやないか!」


 ノエルは深く頭を下げた。


「……私の確認不足でございます」


「確認不足で済む話やない!」


 マティアスは吐き捨てるように言った。


「こっちは契約書を盾にして商売しとるんや。それを、こっちの書類でひっくり返されてどないすんねん!」


 廊下に怒声が響いた。

 ノエルは何も言い返さなかった。

 しばらくして、マティアスは大きく息を吐いた。


「……ちっ」


 閉じた扇を掌に打ちつける。


「……やりづらくなったな」


「……と、おっしゃいますと?」


「あのカイルとかいう坊ちゃんだけなら、まだよかったんや」


 マティアスは苦々しげに顔を歪めた。


「領民を守りたい、店を救いたい。結構なことや。せやけど、理想だけでは契約書には勝てん」


「……はい」


「ところが、そこへロッセが来よった」


 マティアスは振り返り、先ほどまでいた調停室の扉を睨んだ。


「あの男は、契約書のどこを突けば相手が困るか、よう知っとる」


「……かつて、ご自身も同じ手法を?」


「せや。だから厄介なんや」


 マティアスは舌打ちした。


「しかも、あの領主様はロッセの過去を知った上で使っとる。罪人やと騒いだところで、簡単には切り捨てへん」


「……では、今後は?」


「しばらく強引な回収は控える。契約書も、領収書も、通知の出し方も、全部見直しや」


 ノエルが顔を上げた。


「……商売をおやめになるのですか?」


「阿呆なこと言いなさんな」


 マティアスは鼻で笑った。


「商売は続ける。ただし、今までと同じやり方では通用せんということや」


 その表情には、先ほどまでの怒りとは別の、冷たい計算が戻り始めていた。

 マティアスは扇を懐へ収めた。


「……覚えときなはれ、カイル様」


 誰に聞かせるでもなく、小さく呟く。


「商売いうもんは、一度勝ったら終わりやないんですわ」


 そして、足早に廊下を去っていった。



 ◇ 

同日夕刻。

 領主館の庭園は、茜色の夕陽に染まっていた。

 エドワードは一人、ベンチに腰掛けていた。

 手の中には、銀の懐中時計。

 その蓋を開き、静かに針の動きを見つめている。


「……エドワード」


 声をかけると、彼は我に返ったように顔を上げた。


「……カイル様」


 慌てて懐中時計を閉じ、立ち上がろうとする。


「そのままでいいよ。隣、座っても?」


「……もちろんです」


 僕はベンチに腰を下ろした。

 しばらく、二人で夕暮れの庭園を眺めていた。


「本日は、お疲れさまでした」


 先に口を開いたのは、エドワードだった。


「ううん。君こそ、ありがとう」


「私は、当然のことをしたまでです」


「でも、君がいなかったら、あの店主さんの設備は取り上げられていたかもしれない」


「…………」


「本当に助かったよ」


 エドワードは、銀の懐中時計へ視線を落とした。


「……カイル様」


「うん?」


「私の過去について、あのような場で知られることになりました」


「……そうだね」


「今後、私があなたの傍にいることで、領主としての信用を損なう可能性があります」


 僕は黙って耳を傾けた。


「私の知識が役立つことと、私が信用に値する人間かどうかは、別の問題です」


「……うん。その通りだと思う」


 エドワードが、意外そうにこちらを見た。


「……否定なさらないのですね」


「だって、事実だから」


 僕は苦笑した。


「君の過去を知って、不安になる人もいると思う。無理に信用してもらうことはできないよ」


「……では、私は」


「でもね、エドワード」


 僕は彼の言葉を遮るように、静かに続けた。


「今日、あの店主さんが助かったのは、君が契約書を読めたからだよね」


「……ええ」


「もし、店主さん自身にも、その知識があったらどうだったと思う?」


「……それは」


 エドワードが、わずかに眉を寄せた。


「契約の締結前に、不利な条件へ気づけた可能性はあります」


「うん」


「あるいは、請求を受けた段階で、説明や計算根拠を求めることもできたでしょう」


「そうだよね」


 僕は頷いた。


「僕はね、今回みたいなことが起きるたびに、領主館が助けに入るだけじゃ足りないと思ったんだ」


「……と、おっしゃいますと?」


「領民自身が、契約書を読んで、自分で考えて、自分の暮らしを守れるようになってほしい」


 エドワードは黙っていた。


「もちろん、難しい契約を全部理解できるようになるのは簡単じゃない。でも、文字や計算を覚えるだけでも、気づけることは増えるはずだよ」


「……確かに」


「だから、考えたんだ」


 僕は彼へ向き直った。


「エドワード。君に、先生をお願いできないかな?」



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