↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スキル『魔石生成』で追放された僕、国から役に立たないと切り捨てられた辺境で「あんぱん」を作ります ~貧困領地が大発展していくまで~  作者: きいろい なつ
第二章 ノルデンに迫る金融業編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

127/154

第21話 法律という名の道具


 「……リーザ、ごめん。昨日はエドワードと血の契約を結んだばかりだったし、行政指導基準案にも問題が見つかって……」


「それと、夜遅くまでお仕事をなさったことに、何の関係がありますの?」


「……ええと」


 言葉に詰まった僕の隣で、エドワードが静かに眼鏡を押し上げた。


「恐れながら、リーザ様。今回の責任は私にもございます。カイル様がお休みになるべきお身体であることを知りながら、議論を長引かせてしまいました」


「まあ……」


 リーザが、にっこりと微笑んだ。


「ご自覚がおありでしたのね?」


「……はい」


「では、エドワード様も反省なさってくださいまし。昨日まで満足に歩くこともできなかったお方が、他人の心配をしている場合ではありませんわ」


「……おっしゃる通りです」


 エドワードは素直に頭を下げた。

 王国法に精通し、僕の書いた行政指導基準案を三秒で論破した男が、リーザの前ではすっかり縮こまっている。


(……なんだか、少し安心したな)


「おいおい、二人揃って説教かよ!」


 執務室の隅から、ジークの豪快な笑い声が響いた。


「昨日から何時間も書類とにらめっこしてたんだろ? そりゃ怒られるに決まってるぜ!」


「ジーク、笑い事じゃないよ……」


「ははっ! いや、でもよ」


 ジークは机の上に置かれた一枚の羊皮紙を持ち上げた。


「この書類、なかなかいいじゃねぇか」


 それは、昨日エドワードと一緒に夜遅くまで練り直した『設備分割購入契約に関する行政指導基準案』だった。


「俺みたいに難しい法律が分からねぇ奴でも、何を確認すりゃいいのか書いてある。これなら、商人に変な契約を押しつけられても気づけるかもしれねぇな」


「……そのように使っていただけるのであれば、作成した甲斐がございます」


 エドワードがカップを置いた。


「ただし、ジーク殿。一点だけご注意を」


「あん?」


「この基準は、契約そのものを無効にするものではありません。商人が不当な条件を設けていたとしても、それだけで警備隊が財産を押収したり、契約を破棄させたりできるわけではございません」


「……ああ。勝手に取り締まっちゃいけねぇってことか」


「ええ。そこを取り違えれば、今度は行政側が権限を濫用したと批判されかねません」


 ジークは難しい顔をして首をひねった。


「……法律ってのは、本当に面倒くせぇな」


「俺でも分かるぞ」


 そのとき、壁際に立っていたローグが、ぼそりと口を開いた。

 警備隊の報告に訪れていた彼も、先ほどから話を聞いていたのだ。


「あん?」


「警備隊にも、たまに商人との契約について相談が来るからな。こういう書類があれば、商業ギルドや行政の担当者に案内しやすくなる」


「……お、おう。そりゃそうだろうけどよ」


「少なくとも、警備隊が勝手に契約を取り消せないことくらいは分かる」


「俺だってな……! これくらい……!」


 ジークは羊皮紙を覗き込んだ。


「……ぐぬぬ」


「……分かってないだろ」


「わ、分かってるっつーの!」


「だったら説明してみろ」


「そ、それは……商人が悪いことをしたら、その……!」


「その?」


「……くそっ! なんでいちいち聞くんだよ!」


 ローグは呆れたように息を吐いた。


「ったく。そのための商業ギルドだろ。俺たちが全部判断する必要はない。まあ、お前も少しは勉強しろ」


「なんだと!? 黙ってりゃ好き勝手言いやがって!」


「事実だろ」


「てめぇ……!」


 ジークが勢いよく立ち上がった。


「……やるのか?」


「上等だ!」


「ちょ、ちょっと! 二人とも!」


 慌てて間に入ろうとした僕を、エドワードが静かに制した。


「カイル様。お気になさらず」


「いや、気にするよ!?」


「お二人のおかげで、重要なことが分かりました」



「……え?」

 エドワードは何事もなかったかのように眼鏡を押し上げた。


「この制度は、法律に詳しくない方にも理解できる説明が必要だということです」


「……誰が法律に詳しくねぇって!?」


「ジーク殿です」


「即答すんな!!」


 ローグが小さく吹き出した。


「……ふっ」


「ローグ! てめぇも笑うな!」


 僕は思わず苦笑した。

 けれど、確かにエドワードの言う通りだった。

 どれほど立派な制度を作っても、それを使う人間に伝わらなければ意味がない。

 法律に詳しい人間だけが理解できる仕組みでは、領民を守ることなどできないのだから。


「……じゃあ、ジークにも分かるように説明してもらえるかな?」


「カイルまで俺を馬鹿にしてんのか!?」


「そ、そんなつもりじゃないよ!」


「承知いたしました」


 エドワードは涼しい顔で頷いた。


「契約で困っている者がいれば、勝手に取り締まらず、商業ギルドへ案内する。その際、契約書や支払いの記録を持参するよう伝える。まずは、それだけ覚えていただければ十分です」


「……おお! そういうことか!」


 ジークがぱっと顔を明るくした。


「最初からそう言ってくれりゃ分かるぜ!」


「……護衛の仕事には直接関係ないが、覚えておいて損はないな」


 ローグがぼそりと呟く。


「余計なお世話だ!」


 再び言い争いを始める二人を見て、僕は小さく笑った。

 ジークは僕の護衛だ。契約問題を直接扱う立場ではない。

 それでも、彼のように法律に詳しくない人間にも伝わる説明でなければ、制度は十分に機能しないだろう。


「……それで、エドワード。この案でマティアスを止められると思うかい?」


 僕が尋ねると、彼はわずかに目を細めた。


「完全には止められないでしょう」


「……そうか」


「マティアスという男は、相当に法律を読み込んでおります。説明義務を課されたと知れば、今度は説明したという形式を整えたうえで、別の方法を考えるはずです」


「……抜け道を探す、ということだね」


「ええ」


 エドワードは淡々と頷いた。


「ですが、何もしないよりは遥かに良い。一度でも相手に条件を明示させれば、後から争うための記録が残ります」


 僕は机の上の羊皮紙へ視線を落とした。

 プリメロたちの店は、もう戻らない。

 あの精巧な焼き台も、夢の詰まった店舗も。

 けれど。


(……次に同じような契約を結ぼうとする人たちは、まだ守れるかもしれない)


「……よし」


 僕は毛布を肩から下ろし、立ち上がろうとした。


「カイル様?」


「……あ」


 リーザの声に、動きが止まる。


「決裁が必要なのは分かっておりますわ。ですが、まずはスープを召し上がってくださいまし」


「……はい」


 僕は大人しくソファへ座り直した。

 隣ではエドワードが、何事もなかったような顔でスープを口へ運んでいる。


「……エドワード。君、笑っていないかい?」


「いいえ、カイル様。滅相もございません」


 眼鏡の奥の瞳が、わずかに細くなった。

 絶対笑ってるだろ、これ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>法律とは 「法律は、弱いもんの味方やない、知ってるもんのみかたなんや!」  某漫画のセリフですが、これだけで”法律”とは何なのか言い現れされてますねぇ(笑)  故に、字が読める者なら誰でも分かるよ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。