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スキル『魔石生成』で追放された僕、国から役に立たないと切り捨てられた辺境で「あんぱん」を作ります ~貧困領地が大発展していくまで~  作者: きいろい なつ
第二章 ノルデンに迫る金融業編

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第18話 命を懸けた契約


 その日の夕方。

 リーザに促され、エドワードは客室のベッドへと戻された。

 温かいスープを口にした後は、さすがに疲れが出たのだろう。彼はほどなく眠りについたという。

 僕も休むように言われたけれど、どうしても気になることがあって、執務室へ戻ってきていた。

 机の上には、エドワードが手を加えた行政指導基準案がある。

 ほんの短い時間で、彼は僕の考えを、実際に運用できる制度へと近づけてみせた。


(……すごい人だ)


 そう思う一方で、胸の奥には別の感情もあった。

 あれほどの知識を持つ人物が、その知識を再び悪用したら、何が起こるのか。

 僕は書類から目を離し、小さく息を吐いた。

 そのときだった。


「……おい、カイル」


 扉の向こうから声がした。


「ジーク?」


「入るぞ」


 返事をする間もなく、扉が開く。

 現れたジークは、いつになく険しい表情を浮かべていた。


「……聞いたぜ。あの男、お前の仕事を手伝ったんだってな」


「……うん」


「それで、お前はあいつをここに置くつもりなのか?」


 僕は少し考えてから答えた。


「……まだ正式には決めていないよ。でも、彼の力を借りたいとは思っている」


「冗談じゃねぇ!」


 ジークが机を叩いた。


「エドワード・フォン・ロッセだぞ!? 前に新聞で読んだだろ! 横領だの不正だの、散々人を食い物にして王都を追放された男じゃねぇか!」


「……覚えているよ」


 名門貴族の子息でありながら、その知性を悪用し、人々の財産を奪ったと報じられた青年。


「だったら、なんでだよ!」


 ジークは苛立たしげに赤い髪をかき上げた。


「そんな奴を領主館に置いておいていいのかよ!? お前の書類を盗み見たり、裏で何か仕掛けたりしたらどうするんだ!」


 もっともな疑問だった。

 僕自身、エドワードの知性には驚かされた。

 あの行政指導基準案を、彼はほんの数行読んだだけで見抜いた。

 僕が何日も頭を悩ませていた欠陥を、あっという間に指摘してみせたのだ。

 だが——。


(……優れた知性を持っていることと、信用できることは別だ)


 ましてや、彼には過去がある。

 新聞に記された内容がすべて真実なのか、僕にはまだ分からない。

 けれど、彼自身が人々を傷つけたことを否定していない以上、何もなかったことにはできなかった。


「……ジーク。僕だって、無条件に信用するつもりはないよ」


「じゃあ、どうするんだ?」


「……実は、一つ考えていることがあるんだ」


 僕は机の引き出しを開け、一枚の羊皮紙を取りだした。

 そこには、複雑な魔法陣と、まだ書きかけの契約条項が記されている。


「……なんだ、それ?」


「血の契約だよ」


 その瞬間、ジークの顔色が変わった。


「……おい。まさか、あの血の契約か?」


「うん」


 『血の契約』

 契約者が互いの血を媒介に誓約を交わし、その内容を魔法そのものに刻みつける、王国でも極めて厳重な契約術式だ。

 通常の契約書とは違い、署名だけでは成立しない。

 当事者が内容を理解し、自らの意思で承諾したうえで、術式を発動させる必要がある。

 そして——。


「……契約に背いたら、代償を払うんだろ?下手したらお前の命がなくなるぞ!?」


 ジークが低い声で尋ねた。


「……そうだね。術式で定められた違反行為を、故意に行った場合は」


「お前……そこまでするつもりなのか?」


 僕は羊皮紙へ視線を落とした。

 気軽に使っていいものではない。

 一度成立すれば、後悔したからといって簡単に取り消せる契約ではないのだから。


「……まだ、これを使うと決めたわけじゃないよ」


「……あ?」


「彼の知識は、きっとノルデンの役に立つ。でも、領民を危険にさらすわけにはいかない。だから、安全に仕事を任せる方法を考えていたんだ」


 僕は書きかけの条項を指でなぞった。


「職務上知り得た機密を、私的な利益のために売り渡すこと。領民の財産を横領すること。領主館の権限を利用して、故意に人々を欺くこと……。そういう行為を防ぎたい」


「……なるほどな」


「でも、僕への反対意見や、善意による仕事の失敗まで罰するつもりはないんだ」


 ジークは腕を組んだ。


「……そんな都合よく区別できるのか?」


「……そこが、まだ分からない」


「はぁ!?」


「だから、これは完成した契約書じゃない。僕が考えた草案だよ」


 ジークは呆れたように額を押さえた。


「……お前なぁ。命が懸かってんだぞ?」


「うん。だからこそ、曖昧なまま使うつもりはない」


 僕は羊皮紙を机に置いた。


「それに、エドワードだけが一方的に義務を負う契約にもしたくないんだ」


「……どういうことだ?」


「彼が正当な意見を述べる権利も守らなきゃいけない。僕の方にも、報酬を支払うことや、不当な命令をしないことを約束する義務があると思う」


 ジークはしばらく僕を見つめていた。

 やがて、長く息を吐く。


「……ったく。そこまで考えてるくせに、肝心なところは危なっかしいんだよ、お前は」


「……そうかな?」


「そうだよ! 相手は契約の抜け道を使って人を食い物にしてきた男だぞ? お前が書いた契約書なんざ、逆に利用されるかもしれねぇだろ!」


「……うっ」


 それは、否定できなかった。

 何しろ、今日の行政指導基準案だって、彼にあっさり欠陥を指摘されたばかりなのだから。


「……確かに、そうだね」


「そこで素直に納得すんなよ!」


「でも、ジークの言う通りだと思う」


 僕は羊皮紙を見つめた。


「……だから、本人にも見てもらおうと思っているんだ」


「は?」


「エドワードに、この契約書の問題点を指摘してもらう」


「お前、正気か!?」


「うん。少なくとも、僕より契約に詳しいのは間違いないからね」


「いや、そういう問題じゃねぇだろ!」


「もちろん、彼が直したものを、そのまま使うつもりもないよ。内容は別の人にも確認してもらうし、そもそも血の契約が必要なのかも、もう一度考える」


 ジークは何か言いかけ、結局、口を閉じた。


「……それでも、あいつに命を懸けさせる可能性があるんだな」


「……うん」


 短く答えたものの、胸の奥は重かった。

 他人の命を、契約の担保にする。

 そのこと自体、僕には恐ろしかった。


(……術式があるからといって、彼の心まで変えられるわけじゃない)


 そもそも、血の契約を結べば絶対に安全だという保証もない。

 定められた違反行為を処罰する術式であって、悪意を事前に見抜いてくれるわけではないのだから。


「……エドワードが拒否したら、それまでだよ」


「あいつが自分から受け入れると?」


「分からない」


 僕は正直に答えた。


「でも、拒否したからといって罰するつもりはない。身体が回復するまでは休んでもらうし、旅立つなら食料も用意する」


「……そこまでしてやるのかよ」


「断った途端に追い出したら、自由な選択とは言えないだろう?」


 ジークは小さく舌打ちした。


「……ったく。お前は本当に……」


「それに、仮に契約を結んだとしても、すぐに重要な仕事を任せるつもりはないよ」


 僕は机の上に置かれた行政指導基準案へ目を向けた。


「まずは公開されている資料だけを見てもらう。仕事ぶりを確かめて、必要な権限を少しずつ与えるんだ。機密書類も、領地の財政も、最初から彼一人には預けない」


「……なるほどな」


 ジークは長く息を吐いた。


「……分かった。そこまで考えてんなら、これ以上は言わねぇ」


「ありがとう、ジーク」


「ただし!」


 彼は僕を鋭く睨んだ。


「俺はまだ、あいつを信用しねぇからな」


「うん。それでいいと思う」


「妙な真似をしたら、俺が真っ先に止める」


「頼りにしているよ」


 そう答えると、ジークは少しだけ照れくさそうに鼻を鳴らした。

 僕は再び、羊皮紙へと視線を落とした。


(……才能があっても、使い方を誤れば、人を傷つけてしまう)


 エドワードは、法律を知っている。

 数字を操ることができる。

 そして、人を追い詰める仕組みがどのように作られるのかを、恐らく誰よりも理解している。

 それは、恐ろしい才能だった。

 だが——。


(……その知識で、人を守ることだってできるはずだ)


 マティアスの仕掛けた契約の罠。

 店を失い、夢を失った人々。

 泣き崩れるプリメロの姿が、今も頭から離れない。

 僕には、あの契約の危険性を見抜けなかった。

 その結果、多くの人々を守れなかった。

 もし、エドワードの知識があれば。

 次に同じような契約が持ち込まれたとき、誰かの夢が奪われる前に気づけるかもしれない。


(……過去は消せない。けれど、これから先の選択まで、過去だけで決めつけたくはない)


 僕は羊皮紙をそっと机に置いた。

 赤黒い魔法陣が、窓から差し込む夕日に照らされていた。

 

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